「かくかくしかじか」読んで泣いた春の夜
自分に絵を描くことの敷居を下げてくれた面白い画塾(?)Art & Logicを受講した時に、代表の増村さんから「こんなのあるよ」と習った漫画だった。のに、なぜか今まで読んでなかった。
(Art & Logicは、リクルートの先輩:増村さんたちが開発・運営している、短時間でデッサンを美大出身の先生に教えてもらえる画期的な講座です。「絵なんて自分には一生無理!」「絵心・才能なしの俺が(私が)描けるようになるわけないじゃん!」というあなたにこそ、オススメ^^。短期間で劇的に"変化"します)
この冬からコルクラボでコミュニティープロデュースについて学び考え始めて、大いに刺激をもらっていたのに、仕事やなんやらでこの3週間ほどオンラインでもオフラインでも関わりをサボった状態になっていた。そこから復活して、また再び受講生みんなのシャワー(情熱と想いと言葉のシャワー:いやもう、ハンパないんす)をこの数日浴びて、なぜかピンときてこの漫画を読みたくなってkindleで一気に読んだ。
このところ、本業のあれやこれやで情報インプットが多すぎるのか、メモリがいっぱいなのか、、、文字の本が意味不明に「読めなく」なっており(老眼だから?いやいやそれだけぢャない)、読みたい読まなきゃ、という本がたくさんあるのになぜか読めない日々が続いていて、、、でも漫画は読める。とはいえ、なんでもいいわけじゃない。自分にとって、良い物語、良い漫画ってそういうものみたいだ。特にこの「かくかくしかじか」、今のこのタイミグだったんだなあ。
以下、ネタバレ的な記述ありなので、未読の方はご注意を。
俺にとってのこの物語は、作家性と教育と、贖罪の物語だ。
この物語を読んでアホみたいに泣いたのは、この物語が紡ぐ上記3つの要素と表現の具体が、今の自分の「ツボ」にいくつも複層的に刺さったからかもしれない。
何かを探求する人、探求したものを描き続ける人、描き続けざるをえない人、誰かに何かを教える人、教えることでしか「自分を」生きられない人、何かに罪悪感を持ちながら生きている人、それを抱えながらしか生きられない人、そしてそれを贖い、後悔と懺悔の気持ちを持ちつつ生きていけばいいと気づいた人たちのための物語、そう読んだ。
好きな言葉に岡本太郎さんの以下がある。この言葉を思い出した。
「本当に生きるということは、いつも自分は未熟なんだという前提のもとに、平気で生きる事だ」 岡本太郎
主人公の一人、「先生」は怖い。美大受験に強みを持つ宮崎の海沿いの画塾の先生。竹刀でスパルタで口が悪い。どんな相手でもいつでもブレなく、容赦なく「描け」と描くことの絶対ぶりをぶつけてくる。そして実際に座らせて描かせる。彼はいつでも、どんな時でも「描け」と言い続けた。
キャラクターに忠実で、ブレない。描けないと悩む教え子たちに、「描け」と言い続けた。「描きたいものが見つからない」と悩む教え子たちに、それでも「描け」と言い続けた。
「ただ描けばいいんだ」と「見たまま描け」と。
それは、作家としての画家としての彼自身の生き方そのもので、表現そのもの。「手を動かす」「動かし続ける」ことでしか前に進めない、という愚直な姿勢。作家性って、日々の日常ではそういうことなのかもなあ。
自分も、書き(描き)たいことがいっぱいある。書け(描け)ていないことがいっぱいある。
そんな自分に、この先生の声が響く。「書け、書け」と。
あと、「ブレないキャラクター」が、普通ならブレるやろ!という状況でも、キャラに忠実でブレないままだと、いつもの所作にも、人は感動するんだなあ。追い詰められた時にブレるのも人間だけど、それは普通で。。。。追い詰められた時にブレないキャラの徹底度にも、人は感動するし、人間を見るんだなあ。この段階ですでに号泣。大好きだなあ、この漫画。
そして、「教える」ということ。NHKの「奇跡のレッスン」が好きでよく見ているが、あの番組とも通じる「教えること」で自分を表現するコーチたちと同じ感じを「先生」に見る。
教師が生徒に与えられるものは何か?
コーチがプレイヤーに与えられるものは何か?
大人が子供に与えられるものは何か?
年長者が年下の者に、知っている人が知らない人に、見た人が見てない人に、描けた人が描けていない人に与えられるものは何か?
「教える」って、何をどう提供できるんだろう?
お仕事で各企業の情熱ある大人たちと新しいアイデアや解決方法を共創している今の自分にグイグイ迫ってくる。
「お前はこの『先生』のように、相手のこと考えてるか?」
「お前はこの『先生』のように、自分勝手に「教え子」との関わり方の中で自分自身を表現しているか?」
「お前はこの『先生』のように、自分自身を生きているか?」
「お前はこの『先生』のように、自分のキャラに忠実か?」
そして、
「お前はこの『先生』のように、目の前の相手に 勇気 を与えているか?」
と。
はい。ここでまた号泣。
最後に「贖罪」。作者の東村アキコさんって、すごいなあ。「先生」への愛が作中にも行間にも溢れ出ていて、、、ラブレターみたいだなあと思った。いつものことなのかもしれないが、彼女の「さらけ出す」感がすごい。自分の人生を、自分の生活を、自分の日常を、作品にするってどんな感じなんだろう。自分もさらけ出して書いてそれが物語になっていくプロセスを進んでいこう。途中で書けなくなったら、「先生」の言葉をもらおう。
そして90歳まで働こう。90歳でしぶとく稼いでいる自分ってどんなだろうと想像しながら進んでいこう。90歳で周りから可愛がられるおじいちゃんってどんなだろうと創造していこう。5月で45歳なので、ちょうど折り返し^^。元気に働き続けられる気がする自分が、頼もしい。
「先生」のいつもの「描け、描け」というセリフが、最後の方読みながら、
「生きろ、生きろ」と聴こえていた気がする。
「この世界の片隅に」につづき、出会えて幸せな物語でした。感謝。