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2020年の本を振り返る①

2020年に出版された本を、振り返ってみたい。
紹介するものはすべて私が読んだものに限るので、偏りが多々あることを最初に断っておく。今回紹介する本は3冊。

ザリガニの鳴くところ

まず紹介するのは、ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」(早川書房)。
出版は3月だが、私がプルーフを頂いたのは1月頃だったと思う。読んですぐにこれは今年の海外ミステリーの“顔”になると確信した。“犯人探し”的な要素を含む、いわば王道のミステリーでありながら、一人の少女の成長を描いた優れた文学作品である。驚くべきは、この小説が70歳のデビュー作であるということ。プロフィール欄には動物学者との略歴。豊かな自然の描写は素人がやすやすと真似できる芸当ではない。ぜひ味わって頂きたい傑作だ。
最近の海外ミステリーは、トリックだけを楽しむような作品が減って、物語として・一つの文学作品として完成度の高い作品が多いように思う。私は勝手に“現代純文ミステリー”と呼んでいるのだけれど、これは機会があればまた別の記事で詳しく書いてみたい。

雲を紡ぐ

続けて、日本文学からは伊吹有喜「雲を紡ぐ」(文藝春秋)。岩手県の特産品で、“時を超える布”と称されるホームスパンを題材にした青春小説。何をやってもうまくいかない女子高生・美緒は家を飛び出し織物職人の祖父のもとで修業をはじめる。織る・染める、一つ一つの工程が美しく、読む者の心を満たしてくれる。1枚の布をめぐる、祖父との感動のフィナーレ。

直木賞はこの作品が受賞すると睨んでいて在庫も少し多めに持っていたのだけれど、ノミネートはしたものの受賞とはならず。著者の伊吹氏はいずれ近いうちに直木賞作家となるであろう。実写映画化もありそうな爽やかな小説だ。

遅いインダー

2月には宇野常寛「遅いインターネット」(幻冬舎)が刊行。
もはや誰も“整理”のできていない現代の情報化社会を細かに分析した良書である。グローバリズムが急速に推し進められる中で、世界が“アレルギー反応”を起こし、ついにはトランプ政権のような悲劇的なナショナリズムを生んだという指摘は非常に説得力があって教科書のようだ。
それにしても、この本を読んだのが2月で、いまこれを書いている11月にはトランプ政権が崩れ落ちてしまったのだから本当に現代社会はスピードが早い。著者はそのスピードこそがまさに見直すべき最初の課題で、もっと“地に足のついた”遅いインターネットが必要ではないかと説く。ネットの必要性を認めた上で、台湾のIT大臣のように、それをうまく活用して新しい社会モデルを考える。時代に合った新しい思想書ともいえる。

以上、1~3月までに読んだ印象深い本。

4月〜本格的なコロナ禍に入り、読書が一時中断する。そのあたりは、また気がむいたら…。

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