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ザリガニの鳴くところ

著者 ディーリア・オーエンズ
出版 早川書房
訳 友廣純

2021年本屋大賞 翻訳小説部門第1位となった作品。

感想


ミステリーとしては、序盤の70ページあたりから伏線が張られており、詩に注目しながら読み進めていくと、自ずと、真相が分かる。

ミステリー小説ではなく、少女と少年の成長過程が描かれた作品として捉えると、自然と寄り添うように生きてきた主人公の少女カイアの孤独さや、貧困からの置かれた状況の悲惨さの中、たくましく生きる姿に感動を覚えた。
作品中の詩がとても重要な役目を果たしており、カイアの心の移ろいを垣間見れるようだった。

※この記事の中盤で掲載する感想にはネタバレを含みます。


あらすじ


1950年~1960年代のアメリカのとある湿地帯が舞台となる小説。
タイトルの「ザリガニの鳴くところ」とは?
生き物たちが自然の姿のままで生きてる場所(p155 テイトの言葉)
湿地と自然が残された土地が舞台となる物語。
6歳で家族に見捨てられた主人公の少女カイアの人生と、ある事件がパラレルに描かれている。貧富差、人種差別などがある中を力強く生きるカイアが少女から大人になるまでの描写や自然の描写が細かく丁寧に書かれており、情景が目に浮かぶ。

著者ディーリア・オーエンズは動物学者であり、本書は著者が69歳で執筆した小説である。
現在、動物保護、湿地保全活動を行っている。

詩とカイア


作品の中で頻繁に叙景的であったり、情熱的な詩文が出てくる。
カイアの生きる世界をそれらがよく表しており、物語の大切な構成要素を担っている。

ここからネタバレを含みます

ここからネタバレを含みます

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作品中の詩(ネタバレかなり含みます)

小説はプロローグの1969年、村の青年チェイス・アンドルーズの死体が湿地で発見されるところから物語が始まる。
その年前の1952年。湿地の小さな小屋に住む主人公カイアが6歳の頃からの物語がパラレルで語られる。

今回は時系列で追っていきながら小説の中に出てきた詩を見ていきたい。
ここからネタバレを含みます

ここからネタバレを含みます

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1945年
カイア誕生(p104 1956年で10歳になっている/p176 1960年に15歳になっている p500 1945-2009と墓石に刻まれる)

1952年
カイア6歳のとき、母親たちが湿地の小屋を出ていく。
テイトと1度目の再会(兄ジョディの友人でカイアがもっと小さい頃に出会っている。
非常に暴力的な父親とたった二人きりになる。初めて父親がシラフの時に、カイアに釣りを教え、それを通して僅かながら父と娘の心の交流が持たれる。

テイトの父スカッパー「詩は人に何かを感じさせる」(p70)

ロバート・サーヴィス「サム・マギーの火葬」
サムはそこに座っていた。澄ました穏やかな顔で、唸る炉の真ん中に。
そして一マイル先からでも見える笑みをたたえ、こう言った。
「その扉を閉めてくれ。
ここは快適だ。けれど気が気じゃないんだよ、
おまえが寒さと吹雪を入れてしまいやしないかとー
テネシーは南のプラムツリーを発って以来、
こんなに暖かい思いをしたのは初めてなんだ」
スカッパーが好きな詩を少年テイトに読む(p70)
トマス・ムーアの詩(p71-72)
彼女はディズマル湿地の湖へと行ったのだ
そこで夜通し 蛍の灯火に照らされて
白い小舟を漕いでいる

もうすぐ蛍の灯火が見えよう
もうすぐ櫂の音も聞こえよう
私たちは愛を抱いていつまでも生きるだろう
そして死の足音が近づいたなら
糸杉の木に乙女の姿を隠すのだ

テイトが授業で読み上げるために開いた詩の本からテイトがこの詩に目を留めて、カイアを思い起こす。

1953年から1956年(p104 カイア10歳)
父が小屋へ戻ってくる日が減っていく。

1956年
カイア、テイトを遠くから見かける。
黒人ジャンピンに貝や魚を売り、なんとかたった一人で生きる。

1960年
カイア14歳。
テイトと2度目の再会をする。(p137)
テイトによってカイアは読み書きを覚え始める。(p140)

テイト「そういうことなら、ザリガニの鳴くところにでも隠れたほうがいいな。中略」
カイア「どういう意味なの?”ザリガニの鳴くところ”って。母さんもよく言ってたけど」
テイト「中略 生き物たちが自然のままの姿でいきてる場所ってことさ。中略」(p155)
エドワード・リアの詩(p159)
そこで あしながおやじと
ばたばた蠅は
ヨッとひと声しぼり出し
泡立つ海へひとっ飛び
そこで見つけた小さなお舟
桃色灰色の帆がいいね二匹で波間に旅立った
どんぶらこっこ どんぶらこ
ジェイムズ・ライトの詩(p160)
不意に途方に暮れ 寒さに震える
畑には剥き出しの土しかない
私はむしょうに触れたかった 抱きたかった
私の子ども もの言う我が子
笑ったり しょげたり 騒いだりー

木々の緑も日差しも消え
残されたのは私たちばかり
息子の母は家で歌い
夕食が冷めぬよう気を配り
私たちに愛をそそぐのに ああ いったい誰が知るだろう?
この広い大地がこんなにも暗いわけを
ゴールウェイ・キネルの詩(p161)
気が気ではなかったー
思うところはすべて伝えた
知り得る限りの穏やかな言葉で。そしていまー
打ち明けねばならない、終わったことに安堵していると
最後には、貪欲な生の衝動に
同情しか覚えなかったのだから
ーさようなら

1960年
カイア15歳

テイトのお気に入りの詩の一節をテイトが自室で朗読する(p182)
ああ いつになればほの暗い湖が見えるのか
愛しい人を乗せた白い小舟はどこなのだ

カイア生物学の本を読み漁り始める

1961年
テイト大学進学のため、湿地を離れる。
カイアとテイトとの別れ。
7月4日には戻ると言い残したが、戻ってこなかった。(p198)
カイアはその日、ホタルの交尾を目にする。

月日が流れ、カイアは抱えきれないほどに寂しさを大きくしていた。(p203)

1965年 第2部 沼地
カイア19歳 チェイスと出会う

ジョン・メイスフィールド「海洋熱」(p213)
ー求めるのはただ、白雲の流れる風吹き渡る一日
叩きつけるしぶきと舞い散る泡沫
それにカモメの呼び声があればいい
アマンダ・ハミルトンの詩(p214)
閉じ込められてしまえば
愛は檻に捕らえられた獣となり
その身を食らう
愛は自由に漂うもの
思いのままに岸に着けば
そこで息を吹き返す

テイトのことが頭をよぎり、胸が詰まるカイア。
同時期、テイトもカイアのいる湿地へ来てはいたが、カイアを諦める。(p218)

1965年
チェイスと付き合い出し、貝殻のネックレスをチェイスに贈るカイア

1966年
ホッグ・マウンテン・ロード モーテルへチェイスといくカイア

1966年
チェイスの裏切りを知る

1967年

アマンダ・ハミルトンの詩(p294)
もう手放さなければ
あなたを行かせなければならない
愛はいつも
とどまる理由になる
けれど 去る理由には
なりはしない
私は舫い網を手から落とす
あなたが岸を離れていく

あなたはいつも
思っていたはず
恋人の胸にたぎる
熱い流れは
あなたを深みに引きずり込むと
けれど私の心は潮のように満ちては引く
だからあなたを解き放つ
船はあてどもなく
海草をいて漂うだろう
アマンダ・ハミルトンの詩(p296)
おぼろな月よ 歩く私の
あとをついてこい
地上の影にも乱されることなく
その光をなげかけて
そしてともに感じてほしい
沈黙した肩の冷たさを

月よ あなただけは知っているだろう
孤独によって 一瞬はどれほど長く
はるか遠くまで
引き伸ばされていくことか
ときを遡るなら
砂浜からその空までは
ほんのひと息でたどり着けるというのに

カイアの孤独を理解できるのは月だけであった。(p297)

1968年

アマンダ・ハミルトンの詩
子どものころから
目と目を合わせ
心を合わせ
私たちはともに育った
翼を並べ
葉と葉を重ね
あなたはこの世から旅立って
その子の前で息絶えたのだ
ああ 我が友よ 野生の命よ

ジャンピンから業者が湿地を開発する話を聞かされる。

テイトと再会。
カイアの本にテイトのためにサインをするカイア。

羽根の少年へ
ありがとう
湿地の少女より

兄ジョディと再会する。
父親に幼いころ付けられた傷あとで兄と分かる。

ゴールウェイ・キネルの詩を思い出す。(p327)

1969年

カイアの諳んじたアマンダ・ハミルトンの詩(p345)
夕暮れは食わせ者。
黄昏の光は屈折して反射する
けれど本当の姿はそこにはない。
宵闇はペテン師。
痕跡を隠して、
嘘を秘める。

日暮れどきの偽りを
気にする者は誰もいない。
その鮮やかな色に目を奪われ、
気づこうともしないのだ
夕焼けをみているころにはもう
太陽はすでに
地球の陰に落ちてしまっているということに。

夕暮れはまやかし。
真実を隠して、嘘を秘める。

1969年
チェイスの死をジャンピンから聞かされたカイア

アマンダ・ハミルトンの詩(p427)
心を
軽く見てはならない
頭では想像もつかぬことを
人はできてしまうのだ
心も 感覚と同じく人を操る
そうでなければ
私がこの道を辿ることはなかっただろう
あなたが
あえてその道を辿ることはなかっただろう


1969年
カイア 逮捕される。

1970年
裁判
監房にてアマンダ・ハミルトンの詩(p381)
ブランドン海岸の傷ついたカモメ
魂を羽ばたかせ、天を渡り、
鋭い鳴き声であなたは夜明けの空を驚かせた。
帆を追いかけ、海に挑み、
やがて風に吹かれて私のもとに戻ってきた。

翼は折れた。あなたは大地を這いずって
砂に翼の跡を刻んだ。
羽根は抜け落ち、もう羽ばたくこともできないいま、
しかし誰が死ぬべき時を決めるのだろう。

あなたは消え、その行方を私は知らない。
けれど翼の跡はいまもそこに残っている。
折れた心は羽ばたくこともできないが、
しかし誰が死ぬべき時を決めるのだろう。

1970年
評決

1970年
評決後

アマンダ・ハミルトンの詩(p483)
あなたはまた現われて
波にきらめく日差しのように
私の目をくらませた
解き放たれたと思ったそのとき
月の光が戸口に立つあなたの顔を照らし出す
あなたを忘れるたび
その瞳が蘇り 私の心は立ちすくむ
だから別れを告げよう
またあなたが現われる日まで
二度とあなたを見なくなるまで

1970年
テイトとカイア結婚

2009年
カイア64歳で死亡
カイアを海を見下ろすオークの木の根元に埋葬したテイト。(p499)

そして死の足音が近づいたなら
糸杉の木に乙女の姿を隠すのだ

遺品からテイトが詩を見つける(p503)

ホタル
愛の信号を灯すのと同じぐらい
彼をおびき寄せるのはたやすかった。
けれど雌のホタルのように
そこには死への誘いが隠されていた。

最後の仕上げ、
まだ終わっていない、
あと一歩、それが罠。
下へ下へ、彼が落ちる、
その目は私を捉えつづける
もうひとつの世界を目にするときまで。

私はその目のなかに変化を見た。
問いかけ、
答えを見つけ、
終わりを知った目。

愛もまた移ろうもの
いつかはそれも、生まれるまえの場所へと戻っていく。


小さな少女が抱えきれないほどの孤独を背負ったり、ずるい人間に恋愛感情と孤独から引っかかってしまったりしながらも、最後、良き理解者と過ごせたと思う。
よく頑張ったね、カイア。


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