主体性と意外性

書評行きます!

「矢野通自伝 絶対、読んでもためにならない本」 
ベースボール・マガジン社 2016年出版 矢野通著 271P

(以下、読書メーターに書いたレビュー)

ドロップキックを一度も練習したことがないレスラー。あるものを何でも使う省エネの丸め込みプロレス。コミカルだけど文部大臣杯まで獲得したアマレスの地力と秘めた強さを感じさせるから、目の肥えたファンほど彼を馬鹿にしない。本書やDVDの雑談で幻想をチラ見せするのも計算のうちか。ドロップキックは矢野さん以外誰でもできる。でも矢野さんの試合は他の人にはできない。DVDも彼が作るから売れる。自分だけの居場所を築いて一定の結果を出し続ければ、上へ行かない代わりに下にも落ちない。勉強になった。作業を仕事に変えるのは主体性。

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矢野さんは生粋のプロレスファンではありません。大学卒業後に新日本プロレスの「闘魂クラブ」に入って五輪出場を目指していましたが、その夢に区切りを付けてプロに転向した人です。それまでプロレスを見たことはほとんどなかったそうです。まさに流れに身を任せたのでしょう。でもその与えられた環境の中で「どうやって生き残るか?」「自分向きの役割、求められている仕事は何か?」を早いうちから考え、ヒールになります。言われたことをやるだけではなく、主体的に考え、こうした方がいいだろうということをどんどん実行していきました。だから早い段階で団体内に居場所を築いたのです。そこからさらに進化し、今ではあらゆる手を使ってどんな強敵でも一瞬で丸め込む油断も隙もない頭脳派レスラーの地位を獲得しています。

彼の試合は時間が短く、大技もほとんど出ないので選手の身体への負担が少ないはずです(その分頭は使うかもしれませんが)。もしかしたら他の選手にも「明日は矢野さんとか。じゃあ少し休めるな」と歓迎されているかもしれません。G1などで激しい試合を見続けているファンにとっても一服の清涼剤というか、ちょっとしたリラックスタイムになります。長い興行における絶妙なアクセントなのです。ここまでなら、かつての全日本プロレスに存在した悪役紹介と同じです。しかし矢野さんがすごいのは、コミカルな試合の中で内藤哲也やジェイ・ホワイト、ケニー・オメガといったトップ中のトップに勝ってしまう場合もあること。つまり勝負論も忘れていないのです。お笑い担当みたいな選手は少なからずどの団体にもいますが、そういう人は大概弱いです。勝ち負けとは違うところでお客さんを楽しませています。でも矢野さんはコメディとシビアな勝負論を絶妙に融合してくる。ここが新しいのです。

2013年か14年のG1で同じCHAOSの中邑真輔と対戦した時もそうでした。同門対決だし、最初はほのぼのとしたゆるいムードだったのです。中邑のクネクネに合わせていつものポーズを決めたり。でも場外に出た時に、いきなり中邑の頭に椅子を投げつけたんです。表情は相変わらずニヤニヤしながら。あれにははっとしました。そうだ、これは闘いなんだって。ああいう意外性の演出とバランス感覚こそが矢野さんの持ち味で、頭の良さとか空気を読む力の賜物だと思います。とにかく素晴らしい一冊でした。近いうちに水道橋の矢野さんのお店に行って感想を伝えてきます! 

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