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アルゼンチン赤エビと新潟島

友の名はシルバーマン

100円ショップで見つけた小さなスプーン。裏には"TSUBAME"の表記が。

気になったので調べてみると、どうやら新潟の町の名前のようだ。

そういえば幼なじみが転勤で新潟にいたことを思い出した。毎日Twitterで嘆いているのを見ていたので、気になって電話をかけてみる。

彼とは幼稚園からの付き合いだ。彼の妹はロシア人形のような愛くるしい姿をしている。愛らしい成分をすべて妹に吸い取られてしまったのだろう、とても明るい性格に反して目つきが怪しい。

近年、シルバーアクセサリーに大半の給料を注ぎ込むようになったようで、でっかい奥歯のような塊を指や耳にぶらさげている。

電話をかけて一週間がたった日、新潟へ向かう電車に乗っていた。

雪の降るヴェネチア

遠くに凄まじい猫背の男が立っている。

真っ黒の革ジャンを着て、鈍い銀色の輝きを手や耳から放つ怪しい人物が、こちらに向かってニヤニヤ笑っていた。

おまえは喪黒福造かといいたくなるのをぐっとこらえ、久しぶりのあいさつを交わすと、様子がおかしい。思っていたよりも紳士的になっている。

以前はもっと口の悪い砕けたやつだった。土地が変われば人も変わるのか、おそるべし米どころの空気。

彼の家は新潟島の古町というところにある。

島は島でも、新潟島とは新潟市中央を流れる信濃川とその分水路、および日本海に囲まれた地域を指し、一昔前までは新潟市の玄関だった地域だ。

駅ができる以前、港が有って問屋が立ち並び、物資運搬のための水路が張り巡らされ、車の代わりに小舟が行き交っていたという。

それを聞いて想像したのは、雪の積もるヴェネチア。寒そうだから船主にはなりたくないが、とても風情のある場所だったのだろう。今はどこもかしこも、アスファルトで埋め立てられ、車がビュンビュン走っている。

一週間ほどおじゃますることにしていたので、代わりに料理や掃除などの家事を引き受けることにした。ひととおり近所の街についてのガイダンスを受けて、飲みに出かけた。

マシンガンおばばのお告げ

それからの数日は、街をぶらついて歩いた。

ひたすらにドカベンの登場人物の石像が並んでいる商店街を歩いてみたり、これが釜茹での刑かと口にしてしまうほど、熱い湯を張った昔ながらの銭湯にいって過ごした。

知らない土地に来ると、特に観光地には行かずに地元民のふりをして過ごすのが好きだ。

数日後、ドカベン商店街をぶらついていると、ひまそうなばあさんにお告げをもらった。マシンガンのように話すおばあさん、マシンガンおばばが言うには、ピア万代という市場にいけば、わたしの求めている食材があるそうだ。

特に何がほしいというわけでもなかったのだが、せっかくなので行ってみることにした。

海際にそそり立つ高層ビルの麓に車や船が集まっていて、揚げられたばかりの魚たちが、氷の敷かれた発泡ケースのなかからにらみつけてくる。

クッキングパパみたいな丈夫な顎の店員に目を付けられ、あれはこれはとグワグワと勧めてくるので、ひときわ目立っていた真っ赤なエビを十匹ほどいただくことにした。これが求めていた食材なのかは疑わしい。

暗い河

すっかり暗くなってしまったが、せっかくなので信濃川に沿って歩いて帰ることにした。日本三大河川の河口は、思ったよりもひっそりとしており、萬代橋がライトアップされている様子が遠くに見える。

海風が少し冷たく、新潟島の川辺には街灯も少ない。頭の中は、ためしてガッテンでやっていた美味しいエビの調理法でいっぱいだ。

ところどころにおいてある木製ベンチに腰を掛けると、芝生の上に独りで座っている人々の姿が目に入る。

スーツ姿のサラリーマンや受験を控えた高校生、ニット帽をかぶったおじいさんなど、くらい中でぼんやり後ろ姿が見える。

ずっと会っていなかったわたしの友人も、独りのときはこんな背中を見せているのだろうか。そんなことを想うと、これまで連絡してこなかったことを申し訳なく感じた。

つぎは博多で逢いましょう

人相の悪い彼だが、幼い頃からわたしの無理を何でも聞いてくれた。

道を曲がることなく自転車でどこまでいけるか実験してみようとか、車が通らない深夜の道路でくつろいでみようとか、文句を言いつついつも付き合ってくれていた。

帰宅して、ガッテンの技を駆使して仕上げたアカエビ。ビール片手にバクバク喰らいつく彼の姿を見ていると、笑っているようにも泣いているようにも見える。

「やっぱり近海でとれたエビはちがうねぇ!」といいつつ、アルゼンチン産のアカエビを褒め称える様子に思わず吹き出す。

これからも長い付き合いになるのだろう。エビでもなんでも、国産だろうがなかろうがまた食わせてやりたい。

そんな彼に、昨月再び転勤の司令が出たらしい。今度は博多だそうだ。
ひとごとながら、桃太郎電鉄のような人生だなと笑ってしまった。

ボンビーがつかないことを祈りつつ、九州にはどんな食材があるのかすでに考え初めている。

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