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芸術都市バルセロナのアパートメントで暮らす|ガウディ建築に囲まれて

海外に旅行にいくのではなく、短期間でも暮らしてみるのなら、絶対にバルセロナがいいとずっと思っていた。

地中海に向かって開けた明るく陽気な街。カタルーニャ州の州都としての歴史と独自性。サッカーチームは世界最強だし、豊富な魚介類に地場野菜でつくるうまい料理も最高だ。ピカソやダリを始めとする数多の芸術家たちに愛されたのも納得である。バルセロナに住んでみたい理由を挙げたら、それこそ続々とステキな魅力で埋め尽くされそうだが、そんななかでも僕がもっとも好きなのが、ここがガウディ建築の街ということだ。

建築というのは、アートであると同時に、サイエンスであり、テクノロジーでもある。美しいだけでは建物は立たず、いくら技術が進歩しても美しくない建築では街の景観を損ねるだけだ。


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ガウディの建築群は、その独特の曲線美と白色の壁が、青い空とさらに蒼い海にひときわ映え、バルセロナの街を世界で唯一無二の場所としている。日本でもしばしば企画されるガウディ建築展にもよく足を運んだのだが、どの展示会でも解説されるのが、幾何学の知識に裏付けられた数学的美しさをも追及した設計である。例えば、現在もいまなお建築途上にある、サグラダ・ファミリアをとってみても、その外観だけでなく内部構造にも、放物線を中心にさまざまなカーヴが用いられ、それが柔らかく優しく温かい印象を与えている。


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バルセロナの暮らしは本当にたのしかった。海外でアパートメントを借りたのは初めてだったけれど、すべてが快適だ。朝起きて近くのパン屋で焼き立てクロワッサンを買い、カフェに立ち寄り、そして帰ってきたら自分ちのダイニング・テーブルでお手軽な朝食。それが終われば、街中を散歩。大都市バルセロナと思っても、人口160万というのは、福岡市とおなじくらいの規模だから、決して大き過ぎないところがいいのだ。そういえば、福岡も海に面して、とくにアジアに開けた街として知られ、なんとなくバルセロナに似た開放的な雰囲気を感じるよね。

さて、バルセロナの街のいたるところで遭遇するガウディ建築だが、やはり街中のどこからでも見つけることができるサグラダ・ファミリアは、この街のシンボルと言えるだろう。この未完成の荘厳な教会は、ガウディの死後もうすぐ100年が経とうというのにまだ工事中であり、いつまでも写真にクレーンが写り込んでしまう。とはいえ、当初は完成までに300年かかると言われていたこの建築も、その後の技術発展などのおかげもあって、150年くらいに短縮できる見込みのようだ。すごいよね、それでも150年かかるんだから。。。


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そして、個人的にもこの建物でもっとも興味深いのが、ガウディ亡きあと、いったい誰が、この世界最大級のプロジェクトを、どのようにしてマネジメントしているのかということだ。なにしろ、ガウディはそもそも、細かい設計図や精緻な模型をつくるというよりは、現場で監督指揮しながら自分の考えを周囲に伝えていくタイプであり、彼の不運な事故死のあと、さらに不幸なことに、1930年代に勃発したスペイン内戦では、数少ない資料までもが焼失してしまったのだ。つまり、ガウディが当初描いていた完成予想図は、ガウディの頭の中にしかなく、その手掛かりさえもが失われてしまった中で、いったいどうやって工事を続けているのか、僕はずっと疑問に思っていたのだ。

そんな僕のシンプルな疑問に的確に応えてくれたのが、外尾悦郎の『ガウディの伝言』だった。日本の学校で美術教師をしていた外尾はその後スペインに渡り石工に取り組む。そんな彼がたまたま声をかけてもらい、プロジェクトメンバーの一員となったのが、このサグラダ・ファミリアだったのだ。日本人がこの世紀のプロジェクトの重要な役割を担っていたなんて、僕は本書を読み、そして外尾に密着したNHKの番組を観るまでは、まったく知らなかったのだ。


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本書の読みどころは、外尾たちが細かな彫刻デザインを手がけるにあたり、「ガウディならどう考えたか」という視点で、常に自分たちの仕事を見つめているところだ。設計図がないなか、細部を決めることができるのは自分だけである。それでもこの建築が「ガウディ建築」として世界中から認識されるのだから、プレッシャーは測り知れない。そんな重責と戦いつづけ、自信をもって、「ガウディならこうデザインしたはずだ」と確信を得るまで考え続けること、そして方向性が見え、ぱぁっと視界が開けたときの、ガウディとの一体感。本書からは、外尾のそんな稀有な体験が伝わってくるようであり、読者を追体験へと誘う。

「ガウディの伝言」という書名だが、ガウディから明確なメッセージが発せられるわけではない。そうではなく、現代に生きる作り手たちが、それぞれにガウディの暗黙のメッセージを自分たちで能動的に受け取っていく、その様が実に生き生きと躍動しており、この生命力こそが、バルセロナの中心に屹立する、世界最高の未完成建築サグラダ・ファミリアの魂の源泉であると感じるのだ。

プロローグ
第一章 ガウディと職人たちとの対話
第二章 石に込められた知恵
第三章 天国に引っ張られている聖堂
第四章 人間は何も創造しない
第五章 ガウディの遺言――「ロザリオの間」を彫る
第六章 言の葉が伝えるもの――「石の聖書」を読む
第七章 ガウディを生んだ地中海
第八章 ライバルとパトロン
第九章 ガウディと共に育つ森――一九世紀末のバルセロナ
第一〇章 神に仕える建築家の誕生
第一一章 孤独の塔、サグラダ・ファミリア
第一二章 永遠に満たされていくもの
エピローグ著者紹介
著者:外尾悦郎
一九五三年福岡県生まれ。京都市立芸術大学彫刻科卒業。七八年以来、スペイン、バルセロナ市のサグラダ・ファミリア贖罪聖堂の彫刻を担当。現在、同聖堂の専任彫刻家。二〇〇〇年、一五体の天使像を完成させたことによりサグラダ・ファミリア「生誕の門」が完成。〇五年、世界文化遺産に登録される。リヤドロ・アートスピリッツ賞、福岡県文化賞受賞。著書に『バルセロナ石彫り修業』『バルセロナにおいでよ』などがある。


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