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うつつゆめ(前編)


■前書き

この「うつつゆめ」は一番最初に公開した小説ですが、PDFファイルで公開したため、閲覧しにくかったかと思います。
なので、前後編に分けて改めて公開します。前後編に分けてもまだ長いのですが、当書庫の名を冠する小説になりますので、しばしのお時間、お付き合いいただければ、それに勝る幸福はありません。
それではどうぞ、本編へとお進みください。

■本編

 薄曇りの空に向けて叫んだ。雪が白い蛍のようにちらついては落ちる。
 私の叫びは声にならなかった。口を開けて、ただ白い息を吐き出すのが精いっぱいだった。もはや声を発し、不遇をかこつことも、敵への怨嗟をうなることも、故郷や家族への愛惜を露わにすることもできない。
 この異国の地にて、今まさに私の肉体は死なんとしていた。視界の先には見渡す限りの雪原が広がり、空は大地の鏡像のようだった。空と大地のあわいでは青い空がうっすらと覗いているが、あちらは我が故国の方角だろうか。それすら分からない。
(たった二十七年の人生とはな)
 士官学校を卒業してから、いつ死ぬか分からない戦場に常に身を置いてきた。それでもいざ死が目の前に立つと、自分の歩いてきた道のりがひどく短く不完全なものに見える。
 だが、不完全な人生だったとしても、故郷から遠いこの地で果て、異国の土となろうと、彼女への想いだけは抱えていよう、と私は短く息を断続的に吐きながら考えた。
 背を預けた大岩は始め無機質で冷たかったが、気づけば背を苛んでいた、刺すような痛みを感じなかった。震える手で軍服のコートをめくった。左わき腹が赤く染まっていた。開いた掌ほどの血の染みだ。まだ十四、五歳ほどの子どもに撃たれるとは、迂闊にも程がある、と強張る唇を動かし、自嘲気味に笑む。
 だが、思い出すに恐ろしい子どもだった。
――待て。そこの赤いマフラーの子ども。両手を挙げてこっちを向け。
 おいおい、子ども相手にそこまで、と銃を構えた私を宥めようとする同僚の、機械いじりが好きな眼鏡の男を睨みつけて黙らせると、再び小銃のスコープに目を戻した。
 背丈も衣服もその辺にいるような無邪気な少年のものに見えた。だが、私の勘が警鐘を鳴らしていた。目の前の少年をそのまま行かせてはならないと。ポケットから落ちた金貨を拾って渡してやったときの「ありがとう」という発音と声、仕草、笑み。洗練された淀みないものだった。私はそれとそっくりな笑みをかつて見たことがあった。かつて殺された王太子が子どもの頃、逃がしたオウムを私が届けたときに見せた礼節に富んだ笑み。それと、驚くほどそっくりだった。それに、こんな田舎に曇り一つない、ぴかぴかの金貨など不似合いだ。
 荷物を押して去ろうとする一群の中に、溶け込むように戻って行こうとする少年に向かって、私は冷たい黒鉄の銃口を向けながら再び告げた。
――手を挙げてこちらを向け。さもなければ撃つ。
 それまで葬列のように沈鬱な表情でうつむきがちに荷物を押し、運んでいた避難民の一群の動きがぴたりと止まり、緊張が走ったのを私は見逃さなかった。
 彼らの動きはまとまりがなく、雑然としたものにも見える。だが私には、「雑然」という一定の秩序の下で統率された、訓練された動きに見えた。酔漢の役を演じる役者も、本当に酔っているわけではない。「酔って」いると見える秩序の下演じているだけだ。そこには作為的、という違和感がどうしても混じる。
(やはりな。ただの避難民ではない。恐らくは)
 だが、一群に注意を向けたことは、図らずも私の隙になった。その一瞬の間に少年は振り返り、ナイフを私の喉に向かって投擲していた。驚異的な速さだった。振り返ってナイフを抜くまでの一連の動作がまるで見えなかった。
 ほとんど動物的な直感で、半身左に体を滑らせてのけ反ったのが功を奏し、ナイフは首筋をかすめて行き過ぎた。後方で木壁に突き立つ音がした。
 目を少年の方へ戻したとき、既に彼はそこにいなかった。逃げたのではなく、あの一瞬の間で私の懐まで入り込んでいた。手には短剣を握っていた。柄にも鍔にも一切の装飾などの意匠のない、ただ殺すための刃。大人の心臓も優に貫ける刃渡りをもった直剣だった。
 このままでは急所を貫かれて終わる、そう確信した私は取り回しの悪い小銃は捨てる。急所狙い、それが分かっていれば、いかに速くとも手はある。
この少年は常に無駄を打たない。最短最善の手を選択する。
 ほんの刹那走らせた首筋への視線。肩の筋肉の張り方と構えた腕の角度、足の開き方と体重移動。それらを瞬時に見極めると、狙いは首だと判断できた。だが、それがブラフなら。首を狙ってと見せかけての心臓への刺突ならば。
 確かに構えは刺突に適した構え方だ。短剣を持った腕は引き気味で、刃は地面と水平に近い傾きを見せている。おまけに腰を落とし、姿勢は低い。急所までの距離で考えれば首筋よりも心臓が近い。疾風迅雷の速度で心臓を刺し貫く。それが一番合理的かもしれない。それに、刺突ならば私を殺した後で私の体を盾にすることもできる。
 だが、首筋への斬撃が「斬る」という一手順で殺すことができるのに対し、心臓への刺突は「刺す」「抜く」という二手順が必要になる。いくら速くとも、二つの手順を行うとなれば、動作に間隙がどうしても生じる。それを少年は嫌がるはずだ。私を盾にするという考えも、恐らく非合理的だ。人間一人の体は重い。ましてや子どもが大人の体を引きずるのは容易ではない。逃げ遅れる可能性は非常に高い。盾にする利よりも不利の方が勝るだろう。
 何より、少年は首に執着している。私はそう思った。
(狙いは首だ。突きに見せかけた斬撃。迷うな。間違いない)
 斬撃ならば後は左右どちらの首筋を狙うか。私は少年が短剣を構えた左の首筋を狙うと踏んでいた。なぜなら、そちらが最短ルートだからだ。斬った後も、倒れる私を、体を開いて躱し、即座に次の行動に移ることができる。合理的だ。
 ぎりぎりまで突きのモーションで飛び上がり、斬撃に切り替えるに違いないと踏む。となれば狙うのはその切り替わる瞬きほどの間。
 斬撃の動きは恐らく「払い」だ。そうすると攻撃範囲が線になり、防ぎづらくなる。突きならば点だ。点であれば、どこを狙っているのかさえ分かっていれば防ぎようもある。
 少年の足に力が込められ、筋肉が緊張する。飛び上がる。そう見極めた瞬間、私は右手を前に出す。その袖からシルバーのブレスレットが覗き、剣を模ったチャームが揺れた。僅かに場に差した陽光を受けてチャームは煌めき、一瞬少年の注意を引く。その隙を突いて左手を少年の攻撃線上に滑り込ませ、掌でその刃を受け止める。
 刃は掌を貫き、血に塗れて朱に光った。
 これで少年の攻防を奪った。握りしめられた短剣を斬り上げるか下ろすかして掌を両断するほどの腕力はまだ少年にはないだろうし、その一手順の無駄を嫌うはずだ。とすれば、彼にとれる戦略は一つしかない。
 私は腰のホルスターに右手を伸ばし、素早く銃を抜く。
 少年は短剣から手を放し、飛びずさる。まるで羽がついているかのような軽やかな跳躍だった。
(鳥を撃つとき。それは枝に足をつけ、羽を下ろしたその瞬間だ)
 猟師だった祖父に教わったことだ。飛ぶ鳥を落とすのは腕の証明にはなるが、確実ではない。弾を無駄にする恐れもある。鳥を落とすという結果が重要なのであって、自分の腕の証明よりも確実に仕留める手を講じるべきだ。「猟を、命を甘く見るな。慢心が殺すのはお前自身だ」、祖父は口を酸っぱくして私にそれを叩き込んだ。
 いかなる鳥も永遠には飛ばない。いつか羽を下ろす。あとはいつどこに足をつけるかだ。それを捉えて撃つ。そうすれば多少の誤差があろうとも、撃ち抜ける。
(お前がどこに着地するか、おれには分かる。今度は逃がさない)
 あのとき、疾風のように駆けた黒ずくめの小柄な人物の接近を許していなければ。逃げる彼を撃ち漏らしさえしなければ。
 本当にそうか?
 私の中の奥にいる何かが問いかける。私が対応できなかったのは、ただの過失か、と。査問会でも問われたが私は答えた。「過失でした」と。
 悔恨のような苦いものを噛み締めて刹那の動作で撃鉄を起こし、引き金を引いて銃弾を放った。
 少年の頭が弾かれてのけ反り、ぱっと赤いバラのような血しぶきを上げて倒れる。
 私は左わき腹に突き刺すような痛みを感じて膝を突く。少年の左手には彼の掌ほどの小さな銃が握られており、そこから煙がするすると線香のように昇っていた。
(隠し拳銃。やられたな。まさかあの一瞬で、利き手でない手で。そうか。得意な得物は双剣だったか……)
 わき腹に触れると温かく、ぬるりとした。手を掲げてみると、真っ赤に染まっていた。この出血はまずいな、と思いながらも立ち上がった。血が溢れるのは分かっていながらも、震える足に力を入れた。
 拳銃を構え、押し車を押した避難民の一人を撃つ。彼は倒れ、押し車はバランスを失って倒れた。ベージュの覆いが転がった拍子に破れ、車に積んだ荷物がばらばらと地面に落ちた。
 それは小銃などの銃火器の類ばかりだった。
(やはりな。奸智に長けた、末恐ろしい子どもだった)
 第三隊の全員が事態を理解し、慌てて銃を構えた。
 それを皮切りに怒号が一群の中から上がり、銃声が飛び交う――。

 思考が現在に帰ってくる。まつげも凍り付いたのか、瞬きすら満足にできない。
 我らの任務は前線の状況を諜報する斥候と、敵国がどこかに逃がし隠してしまった皇子の行方の捜索だった。
 皇子はまだ子どもだが、明晰な頭脳と卓越した武芸を兼ね備え、彼の国を訪問していた我が国の王太子とその妻、王太子の妹と彼らにつけられていた屈強な五人の護衛を斬殺・射殺し、我が国へ向けて宣戦布告した。
 我が国はその対応で明らかな後手に回った。彼の国の皇帝は我が国への戦意はないと己の息子の残虐極まりない行いを批判し、捕えて皇子を拷問する映像を流しながら、裏では着々と軍備を進め、我が国が過熱する自国の世論をどうどうと宥めている間に銃口をこちらに向けるに至っていたのだ。
 我が国では軍部が世論を煽り、戦争を仕掛けようと意図したために、首相を始めとする大多数の議員が軍部の勢力拡大を嫌って穏健派に回ったので、状況が膠着した。若い青年将校が議会の重鎮議員を白昼射殺する事件が起こって以降、国民の中にも過激な者が現れ始め、首相の暗殺未遂や大規模なデモ、ラジオ放送局をジャックしての開戦の訴えなど行動を起こしだした。
 人々がこうした過激な行動に出たのには理由があった。かつて彼の国の皇帝の后は、我が国の王室で最も愛された王姉だった。そして彼女こそが、皇子の母親だった。
 后になった王姉は、皇子が五歳の時、内乱を企てた廉で断頭台に送られ、その首を斬り落とされた。詳細な説明を求める政府の文書にも、彼の国はただ一言回答したのみだった。「反乱ヲ企図シタタメ」と。そして遺体の返還を求める我が国に対し、謀反人だからと半ば腐敗したその首だけを送って寄越したのだった。
 その時の首相は、遺憾の意を表明し、経済的な封鎖を近隣諸国と協調して行ったに留まり、世間がどれほど復讐を訴えても、頑なで老獪な政治家たちはのらりくらりとかわすだけだった。
 その及び腰の政府が開戦を止む無くとはいえ決定したのだから、一番驚いたのは我が国の国民自身だっただろう。
 だが、そうしてようやく開戦に舵を切ったときには既に遅かった。彼の国は大艦隊を組織して冬の凍てつく海を渡り、貧弱な守備隊を軽く叩き潰し、我が国の物流の中心である港湾都市を焼き払って、多大な物資を損耗せしめたのだ。
 我が国は大陸の東端にある島国で、東西に伸びた形をしている。彼の国は海を隔てて我が国の北方にある異大陸の国で、国交が始まったのもここ百年余りのことだ。北の海は冷たく荒く、造船技術が急速に発達した近年までは異大陸に渡海することすら容易ではなかった。
 港湾都市が崩壊していく間、我が国の主力海軍はまるで領土の反対側におり、回り込んでこれに当たるにしても、相応の日数が必要だった。だが、そんなことをしている間に彼の国の海軍は次々と無防備な都市を薙ぎ払っていくだろう。真っ正直に追いかけても、勝つ見込みのない鬼ごっこをするに等しい。それならば、と海軍は都の守備を中心に、各地の守備隊には陽動をかけさせ、敵よりも距離が近い沿岸の都市で待ち構える作戦をとることにした。陸からは陸軍が長距離砲で砲撃し、敵艦隊の牽制と、あわよくば撃退を試みる。
 だが、圧倒的に出遅れてしまった現状で、我が国の勝目は薄かった。防戦に終始し、やがて物量で押し切られて前線は崩壊し、領土は蹂躙されていくのは目に見えていた。それゆえに、軍部は少数精鋭部隊による敵地潜入と暗殺による指揮系統の破壊にしか勝機はないとして、軍の中から選りすぐった精鋭に特別な任務を与えた。
 それが私たちだ。私は第三隊に属し、諜報を主な任務としていた。第三隊はそれゆえに、戦闘に長けた者よりも情報機器の扱いや彼の国の地理に長けた者、戦略眼のある者などが優先して選ばれた。とは言っても敵地へ潜入する以上戦闘は当然想定される。皆それなりの心得はあったが、私のような護衛を担う人材も配置された。
 第一隊、第二隊はそれぞれ皇族関係者、軍事責任者などを狙って暗殺を試み、それは半ば成功した。第一隊は皇帝暗殺にこそ失敗したものの、皇位継承者四名の殺害と、宮殿の爆破に伴い、皇室関係者百五十名を殺害した。第二隊は将官級を三名、佐官級の士官を二十名殺害し、軍事の最高責任者の一人である陸軍大将すら暗殺した。
 だが誤算があった。この度の戦争の切掛けとなった皇子の首を掲げて凱歌を挙げるつもりが、皇子を逃がしてしまったのだ。我が国きっての精鋭である第一隊の隊員すら三名も殺し、宮殿の窓を破って庭に逃げ、夜の闇に紛れ込んでしまったという。それゆえに、我ら第三隊に皇子捜索の任が割り当てられることとなった。ただし、皇子を発見しても戦闘に入ってはならず、第一隊の到着を待つこと、とされていた。第一隊ですら手子摺る相手に、戦闘を得手としない第三隊では全滅の危険もあったからだろう。
 奇しくも、その危惧は現実となってしまったわけだが。
 我らは暴風と雪のために廃村に足止めを食らった。恐らく第四か第五隊、彼の国の領土内で戦闘を起こし、注意を引くおとり役の部隊が蹂躙した後の村だったのだろう。広場の中央には死体を集めて焼いたと思われる痕跡が残っていたし、私が入った家の竈には冷えたスープが入った鍋があった。血のように赤いそのスープは匂いを嗅いでみても、腐っている気配はない。この寒さだ。腐敗は遅いとはいえ、それを考えてもまだそれほど時間が経っていないように思えた。
 壁には彼の国特有の幾何学的な文様で編まれたタペストリーが掛けられていた。赤や橙などの暖色が多いのは、寒さ厳しい土地ゆえの火への憧れや恐れがそうさせるのだろうか、とふと思った。
 空いているベッドからシーツをはぎ取り、それに身をくるみながら暖炉に薪をくべて暖をとった。床下の壺には野菜が塩漬けにしてあり、藤篭の中には私の靴よりも大きなバゲットが二本横たわっていた。また、軒先には猪肉が干し肉にして幾ばくかぶら下げてあったので、それで飢えを凌いだ。多分、部隊の他の皆も同じようなものだろう。葡萄酒を持って遊びに来た眼鏡の男がいたが、彼は腹をぐうぐう鳴らしていた。酒は下戸ではないが、好かないので一杯だけもらって、ちびちびと舐めながら眼鏡の男の嘘か誠か分からない小説じみた話に付き合った。
 その眼鏡の男も、もう死んだ。右目を打ち抜かれていた。笑っているような死に顔だった。
 吹雪が止んだ後、我らは帝都に向けて進んだ。皇子は逃げ回るような器ではなく、どこかで態勢を整えた後再起のために帝都に駐留する第一隊や第二隊の撃退を試みるはず。となれば、速やかな蜂起のために帝都周辺に潜む可能性が高い。西側では第四隊が、東側では第五隊が暴れていた。我らの進軍路はその間隙だった。そこを突かれる可能性が高い、と部隊の頭脳である、ぼさぼさ頭の小柄なそばかすの男が言ったからだ。
 そうして帝都に向かう途中、家財道具などを抱えた老若男女の避難民と思われる一群と出くわした。幸い先に補足したのは我らで、一群には気づかれていないようだった。
 攻撃すべきか否か。部隊の中でも意見が分かれた。攻撃派はあの集団の中に皇子が紛れている可能性がある以上、捨ておくべきではないと拳を振り上げて言い、非戦派は敵国民といえども避難民を襲うのは人道にもとるし、もし皇子がいたとしても、自分たちでは返り討ちにあうのが関の山ではないかと言った。
 議論は平行線で進まず、困ったそばかすの男は私に水を向けた。
 私は折衷案として、まず避難民を検め、皇子がいるかどうかの確認と、彼らがゲリラ兵などではないかを調べ、クロなら抹殺し、シロなら行かせる。それではどうか、と提案した。
 眼鏡の男は首を激しく振って、クロだったなら、屍になるのは我らではないのか、危険すぎる、となおも反対した。
 では、と私は眼鏡の男の方に向き直って、敵も我らの姿を見た途端交戦、ということは老人や女子どもを連れているところから見てないだろう。恐らく様子を見て、やり過ごせれば重畳、最悪交戦、という思考のはずだ。であれば、まず検めるに当たって銃で脅し、女子どもを人質として差し出させ、それを強硬に拒むようであればその時点でクロとみなし先制攻撃をもって殲滅する。大人しく差し出せばシロの可能性大として検め、何もなければ見逃す。これではどうか、という内容のことを説明した。
 むう、それならば。と眼鏡の男も唸り、不服ながらも納得したようだった。
 そして検めた中にあの赤いマフラーの少年、皇子がいて、私は皇子を殺し、避難民はゲリラ兵で第三隊との戦闘の火蓋が切って落とされた。
 敵方の戦力は優にこちらの三倍はあった。それというのも、女子どもや老人に至るまでが銃を取り応戦してきたからだ。しかも取り乱しながら闇雲に撃ってくるのではない。落ち着いて、狙いすまして攻撃してくるのだ。恐らく彼らは皇子に並みでない訓練を施された特殊部隊なのだろう。有事には避難民を装い、ゲリラ的に転戦したり、武器の運搬をしたりする。
 私は出血が激しいながらも中央で戦い、何人かの敵兵を倒したが、血が足りず、足腰が立たなくなり、倒れて意識を失った。
 次に目を覚ましたとき、自分が生きていることに驚くと同時に、目の前に広がる光景に唇を噛み締めた。
 眼鏡の男、そばかすの男……、第三隊の隊員は全滅していた。私は死体だと思われて運よくとどめを刺されなかったから生き延びている。敵方の死体も転がっていたが、あの少年の死体だけがどこにも見当たらなかった。
 どうやらまた、私は任務を全うできなかったらしい。
 這って行って、長方形を袈裟斬りに斬り落としたような大岩の、断面に当たる部分にもたれてため息ともつかない息を吐いた。

〈後編へ続く〉

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