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書評講座 Vol. 1

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課題書: 1)『エルサレム』- ポルトガル、ゴンサロ・M・タヴァレス著、木下真穂訳、河出書房新社、2)『キャビネット』- 韓国、キム・オンス著、加来順子訳、論創社、3)『クィーン… もっと読む
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#海外文学

【書評】正常と異常の境目とは 『キャビネット』キム・オンス著|加来順子訳

ものすごく足が速ければオリンピック選手で、ものすごく手が長ければビックリ人間だ。才能とは、個性とは、体質とは、どこまでが正常で、どこからが異常なのだろうか? キム・オンス著『キャビネット』は、正常と異常、現実と虚構の境界をぼかして読者を煙に巻く。 〈ポスト人類〉相談窓口 主人公のコン・ドックンは〈安定が一番〉という母の遺言に従い、とある公企業になんとか就職を果たした。だが、百三十七倍の倍率を突破して、いざ職場に行ってみれば、仕事とよべる仕事はほとんどなく、待っていたのは〈

『エルサレム』(ゴンサロ・M・タヴァレス(著)、木下眞穂(訳)、河出書房新社)――訳者(になったつもりで)解説

2021年12月5日に、書評家の豊崎由美さんによる翻訳者向け書評講座を受講しました。今回の講座では、下記の課題書(1)~(3)から一冊を選び、(A)(B)どちらかの形式で書評か解説を書き、当日は、豊崎さんの講評をいただいた上で、参加者全員で合評を行いました。 (1)『エルサレム』(ゴンサロ・M・タヴァレス(著)、木下眞穂(訳)、河出書房新社) (2)『クイーンズ・ギャンビット』(ウォルター・テヴィス(著)、小澤身和子(訳)、新潮社) (3)『キャビネット』(キム・オンス(著

妄想の中の『エルサレム』

 ポルトガルの小説家ゴンサロ・M・ダヴァレスが描いた小説『エルサレム』(木下真穂訳)はこんな話だ。  自称「統合失調症」を患うミリアは、患者として精神科医のテオドールと知り合い、結婚する。その後、病状が悪化して精神病院に長期入院するのだが、そこで患者のひとり、エルンストと知り合い、恋仲になる。病院では、何が重要で重要でないのかは精神科医によって決められ、患者たちは常に監視され、厳しく統制され、治療の一環として、自分の思考や行動、習慣を棄てなければならない。患者たちはいつか本

インクルーシブな恐怖―ゴンサロ・M・タヴァレス著 木下眞穂訳『エルサレム』

 現代ポルトガルの最重要作家といわれるタヴァレスの、ジョゼ・サラマーゴ文学賞受賞作品。  屋根裏部屋の窓から飛び降りようとするエルンスト。早朝、教会の扉があくのを待っているうちに激痛に襲われ、エルンストと電話がつながった途端に失神するミリア。  読者をいきなり緊迫感に満ちた終盤の場面へ投げこんだのち、物語は時間を行き来しながら枝分かれした道筋をたどり、ふたたび冒頭場面へと収束していく。つぎつぎと切り替わるエピソードから登場人物たちの仄暗い過去を少しずつ拾い集めるのは、彼ら

加害者と被害者の境界 ―― ゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』書評

 去年くらいから、アジア系住民が道端やバスの車内でいきなり突き飛ばされたり殴られたりする事件をしばしば目にするようになったせいで、カナダで生活している私は、自分が外国にいて異質な存在であり、脆くて危うい弱者になり得るのだということを意識するようになった。レイシズムは不正義だ、けしからんと怒っていられるうちは、まだ他人事だったけれども、いま被害に遭っているのは私と似たような人。被害者と自分を隔てるものが何もないところで起きる暴力には、もう恐怖しかない。  ゴンサロ・M・タヴァ

ゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』の訳者解説を書く

書評家の豊崎由美さんを講師にお迎えして「翻訳者向け書評講座」が行われました。当日の様子を発起人の新田享子さんがブログに書いてくださいました(ううう、楽しかった……)。 指摘のあった箇所と「どこまでネタバレするか」で分かれた意見を参考に修正してみました。 -------------------------------------------------------------------------------------- 訳者あとがき 「タヴァレスが創造したこの世界