理不尽な悪魔が酷すぎる!(2)【漫画原作部門・創作大賞応募作】
あらすじ&第1話はこちら↓
第2話
「翠、なにか良い願い事に気付いたの?」
僕は小さく問い掛ける。
しかし翠は視線を一度こちらに向けただけで、すぐにリヴの方へと向き直った。
恐らく無視されてしまうだろうと思っていた。それが分かっていて、それでも問わずにいられなかったのは、この自信に満ちた翠の顔を見てしまったからだ。
けれど今は、僕の質問に答えるより優先順位の高い事が沢山ある。これ以上の質問を諦め、僕は大人しく翠からの説明を待った。
「リヴ、君と弟の契約のことで確認したい事がある」
翠がリヴに尋ねる。
「蘇生する事と、君の命を奪う事。この二つは願い事として無効だと言ったそうだけど、他に無理な願い事はあるのかな?」
「その二つのみだ」
「成程、有り難う」
問いの答えを聞いた翠が、片側の口端を上げて小さく笑うのが見えた。それはいつもの省エネモードではない。確信に辿り着いた瞬間の、楽しさと興奮が混ざった顔だ。
「最後にもう一つだけ確認したい。契約の順序について、これは願いを叶えた後に心臓を奪う。この順番で間違いないね?」
「ああ、間違いない」
リヴの返答に、翠は力強く頷いた。
僕にはまださっぱり分からないけれど、それでも僕の心にもう死の恐怖は無い。
だって、兄が笑っている。
これ以上の安心などないからだ。
「弟の代わりに、俺が願い事を言っても構わないかな?」
「構わないが、お前の弟の心臓を頂くことに変わりはないぞ」
「それなら問題ないよ。弟の心臓を、君は奪えないからね」
「それはどう言うことだ?」
訝しげに問うリヴに向かって、翠が願い事を告げた。
「俺の願いは、君を、悪魔から普通の猫にすることだ」
翠の言葉に衝撃を受ける。
急いでリヴの方に視線を向けると、なぜかほんの一瞬、微笑んだように見えた。
「リヴが……笑った?」
あまりに一瞬の出来事で、もしかすると見間違いだったのかもしれない。僕は再び、翠の言葉に集中する。
「リヴ。君がこの願い事を受理すれば、君はただの猫になる。猫の君が悪魔としての契約に縛られる事は無いし、当然その能力も失うので心臓は奪えない」
「順序に拘っていたのは、それでか?」
「ああ」と一言頷いて、翠が更に言葉を続ける。
「恐らく普通の猫になった君に、悪魔である『君の意思と記憶』は残らないと思う。だがそれは、君を悪魔から猫に変えるのであって、君の命そのものを奪う訳ではない。契約条件として、この願いは無効ではないだろ?」
一瞬の静寂の後、リヴが呟いた。
「無効ではない」
この解決方法を、僕の話を聞くあのわずか数分で思い付いたのかと、僕は心の底から感心して翠を見つめる。
「ちなみに、悪魔の君を勝手に普通の猫に変えてしまう責任は、ちゃんと取るつもりでいるよ」
「責任だと?」
「そう。可愛い猫には、美味しいご飯と温かい寝床が必要だろ? 君にその両方を提供したい」
そこまで聞いて、今度は僕もこれから翠が言おうとしている事が分かった。
やっぱり翠はすごいや。
「リヴ、我が家へようこそ。と言っても、俺は東京で一人暮らし中だから、実家で碧が君の面倒をみる。猫になった君に、俺の大事な弟を下僕として捧げるよ」
勝手に捧げられてしまったけれど、悪い気など全くしない。死なずに済んだ。それにリヴも、猫として生きていける。
「その願い、承知した」
言葉と同時に、リヴの背にある小さな翼が消えた。そして、血のように紅黒く濁っていた瞳が、徐々に澄んだ青色に変化していく。
「永遠には、もう飽きていた……」
瞳の色が完全に変化する直前に聞こえた、このどこか満足げな呟きが、悪魔・リヴの最後の言葉だった。
黒猫が一匹。
青い瞳でこちらを見ている。
僕がそっと手を近づけると、恐る恐る鼻先で指の匂いを嗅ぎ、それから甘えるように僕の手のひらに頭を擦り付けてきた。
「翠、見て! 猫になったリヴが僕に懐いてる」
僕が首の後ろを撫でると、「みゃー」と高音の鳴き声を響かせる。悪魔だった頃の、あの厚みのある渋い低音とは真逆の可愛らしい声だった。
「あの悪魔は、もうどこにも居ないんだね」
「可哀想な事をしたと、思うか?」
「ううん。これでもう誰も死なずにすむし、それに翠が願い事を言った時、リヴはやっぱり笑ったんだと思う」
『永遠にはもう飽きた』
彼は人間の命を奪い続ける宿命の中で、命に限りのある何かになりたいと、そう願っていたのではないかと思えた。
「よろしくな、リヴ」
その体を両手で抱き上げると、柔らかな毛の感触と温かい体温が伝わってくる。胸に抱き寄せた小さな体から、猫としてしっかりと命の鼓動を刻む音が伝わってきた。
「翠、ありがとう。全部、翠のおかげだよ!」
僕にとってのヒーローは、やっぱり兄だ。
胸の奥が熱くなって、泣き出しそうな思いで翠を見た。しかし翠の方は既に省エネモードに戻ったようで、スンとした表情で大きな欠伸をしている。
やはり、省エネに戻るのが早過ぎるのだ。
「目に光が差してる時は、すっごいヒーロー感あるのにな……」
そんな僕のつぶやきに、翠が伸びをしながら僕に視線を向ける。
「何言ってんだよ。今日のヒーローはお前だよ、碧」
「へ? 僕がヒーローって……」
どこが?
最初から最後まで、僕は何もしていない。やった事をあえて探すなら、悪魔の機嫌を損ねる事ぐらいだ。僕が首を傾げると、まるでそれを真似るようにリヴも小首を傾げた。
「ふふ、飼い主に似るんだな」
小さく笑った翠が、自分の手荷物からコンビニの袋を取り出してコロッケを僕に手渡してくる。
「答えはそれだよ」
分からないまま呆然とそれを受け取る僕の横で、翠は自分の好物の焼きそばパンに齧り付いていた。
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:「生き残るための願い事って、それだったのか!」「いや、むしろ最初から気付いてたし!」などなど。
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