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夜空には、星すら見えずに。

こんにちは,ぼんじーです.
#小説
です.

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「好きな人ができたの。」
と、彼女が切り出したとき、僕の思考は完全に止まった。

 僕が振られるということ。それよりも、『彼女が僕のことを振るということ』が理解できなかった。

 あんなにも僕のことが好きだと言ってくれていた。
 彼女の友人も、「〇〇に、すっごい好かれてるね」といつも言っていた。

「その人、とても魅力的で…」

 そう彼女が続けた時、僕は静かに立っていた。静かに立っていただけで、話は聞いていなかった。

 夏の夜、1:45。
 僕は彼女を家まで送ると、突然の別れ話。
 今夜は泊めてもらうつもりだったが、それも叶わない。

 僕は今、多摩川の堤防上の歩道を、とぼとぼと歩いている。

 東京と神奈川を隔てる多摩川を、覆う夜空は大きかった。
 周りには、背の高い建物は無い。

 タクシーを使うことも考えた。五千円もせずに帰れるが、その金が惜しかった。
 歩けば、3時間ほどで帰れる。

 きっと、彼女の新しい恋人は、彼女を満足させるだけの経済力をもっているだろう。
 サークルに打ち込み、バイトもろくにしていない大学生の僕にとって、五千円すら惜しい。

 スマートフォンが、ブルりと震える。

「〇〇も辛いんだから、そっとしておいてあげて」と、彼女の友人からのメッセージだった。

 振られたことを、その友人に連絡したら、これだ。

 僕が悪いのか。魅力の無い、僕が。

 大きく息を吸い込もうとして、自分の喉が乾いていることに気がつく。

 アルコールを流し込みたかったが、周りを見渡してもコンビニエンスストアなどは無く、ただ自動販売機が立っていた。

 僕はフラフラと川沿いの堤防から降り、缶コーヒーを購入する。

 再び堤防の歩道に向かいながら、プルタブに指をかける。

 一口、中身に口をつけると、口の中に独特の苦味が広がった。

「まずい。」

 いつもはこんな味はしなかったのに。と思う。

 不味い缶コーヒーを片手に、真夜中の川沿いを歩いている。
 惨めだった。

 特に有名な大学でもない。彼女を楽しませるほどの金も無い。これといって人に誇れることといえば、他のメンバーよりもサークルに打ち込んだことくらいだ。
 かといって優秀な成績をおさめたわけでもない。

 二十二歳の僕には、何もなかった。

 手に持っていた缶コーヒーを一気に煽る。

 顔を上に向けたとき、黒く黒く、大きな夜空と目があった。

 夜空には、星すら見えないのか。
 チカチカと弱い光を放つ人工衛星が一機、浮かんでいる。

 金があれば。と思った。いい服が買える。レストランで食事をして、高いホテルに泊まれる。どこにでも、女の子を連れていける。

 僕の手には、もう不味いコーヒーすら入っていない、空き缶が握られていた。

 ゴミは、さっさと手放さないといけない。

 僕のすぐそばで、多摩川が音もなく流れている。

 右手に力を入れると、硬いスチール缶が変形した。

 こんなもの。

と、僕は川に向かって、右手を振りかぶる。

『その人、とても魅力的で…』

 そして、弱々しく、ゆっくりと、下ろす。

 僕の右手はまだ、ヘコんだ空き缶が握っている。

 叫び出したい気持ちを押し殺す。

 そんなもの、常識だ。と、馬鹿にされるかもしれないが、それでもこれが、僕の矜持だ。

 投げ捨ててはいけない。

 投げ捨てていない。

 僕の魅力だ。そう思わないとやっていられない。

 夜空には、星すら見えずに。
 チカチカと弱い光を放つ人工衛星が一機、浮かんでいる。

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最後までお読みいただき,ありがとうございました.

画像は『フリー写真素材ぱくたそ』より,”目覚め(玉ボケ)”.

noteを最後までお読みいただき,ありがとうございます. 博士後期課程で学生をしています. 頂いたスキやコメントを励みに,研究,稽古に打ち込んでいきたいと思います. よろしくお願いします.