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息をするのも下手くそなのか。

こんにちは,ぼんじーです.
#小説
です.

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今日は朝から、イライラとして機嫌が悪かった。

自分のちょっとしたミスから生じた、スケジュールの変更。
乗るはずのなかった電車。

黄色い点字ブロックの内側に立つ僕は、ホームに滑り込んでくる電車から自然と目をそらす。

すし詰めにされた人たち。
扉の近くにいる人たちは、「もう乗ってくるなよ。」とこちらを見ていた。
しかし、数本見送ったところで、この時間帯の混雑度合いは変わらないはずだ。

僕や、その後ろに並んでいた人は、無言で車内に身体を押し込む。

扉の両脇の手すりに寄りかかっていた人は、その場所を動こうとせず、椅子に座っている人たちは、混雑具合など無関心だ。

本当にこの人たちの全員が、この首都圏で働く必要があるのだろうか。
地方で、もっとゆとりを持って働けばいいじゃないか。

扉が閉まる瞬間、周囲から身体を押し付けられ、息が詰まる。

僕はスマートフォンを操作し、メールボックスを開いたが、すぐに閉じた。
事務仕事が一つ増えた。
こんなこと、僕がしなくてもいいだろう。
コンピュータか、もっと暇な人にやらせればいい。

僕は、小さくため息をつき、車内の電光掲示板に目をやった。
就職サイトの広告が流れている。
「今から始めよう」「ライバルに差をつけろ」「説明会の席が埋まってしまいます」

ふう。
僕は耐えられなくて、再び目をそらした。

中吊りには、学習塾の広告。「今から始めよう」「ライバルに差をつけろ」「春期講習の席が埋まってしまいます」

皆、自分の場所を確保するのに必死だ。
他人を押しのけて、自分の席を手にしなければならない。

僕が寄りかかっていた扉とは反対側の扉が開く。
「すみません。」と、僕はスーツ姿の人たちを押しのけ、また同様に電車から降りようとする人たちに揉まれながら、ホームに降り立つ。 

ホームには、電車から降りる人がいなくなるのを待たずに、車内に乗り込もうとする人たち。

改札階に向かう階段には、下車した人が殺到する。

スーツを着た人たちは、僕に肩をぶつけ、押しのけ、自分の道を進み、僕の肩が彼らに触れると、振り向いてこちらを睨んだ。
僕も睨み返す。お前、何様だよ。と。

人を押しのけ、ぶつかられ、溢れ出そうな自分の気持ちを抑える。なんとか改札にたどり着き、それを抜ける。この近辺は学生街だ。

今日は平日だというのに、昨晩から酔いつぶれて、うなだれるようにベンチに座っている若者。中身の入ったまま放置されたカップ麺やペットボトル飲料。

一組の男女が、フラフラと駅に向かって歩いてくる。

「うちらさー。来年シュウカツだよ。やば。」

「だなー。俺、何もアピールするとこないわ。ただ息吸ってはいてるだけ、吐いてるだけ。」

「いや、✕✕が吸ってるのは煙でしょー。」

「確かにー。」

と、ギャハハと笑い合っている。

ただ息をするだけ、よくわかっているじゃないか。
イライラしていた。自分の息が荒くなってきたのを感じる。

「ま、皆そうでしょ。お偉いさんも、みんな、結局二酸化炭素はいて死ぬだけ。地球オンダンカ。」

また二人で笑い出す。

すると、ゲラゲラ笑っていた男が、笑いすぎたのかゴホゴホと咳き込んだ。

「ちょ、大丈夫?」
女は呆れたように彼の背中を叩く。

「息するしかできないのに、それすらも下手くそって。シューショクできないかもね。ほら、深呼吸深呼吸。」

息をするのも下手くそなのか。

フラフラと歩く二人とすれ違ったとき、僕は、深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

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最後までお読みいただき,ありがとうございました.

画像は『フリー写真素材ぱくたそ』より,”混雑する駅のホーム”.

noteを最後までお読みいただき,ありがとうございます. 博士後期課程で学生をしています. 頂いたスキやコメントを励みに,研究,稽古に打ち込んでいきたいと思います. よろしくお願いします.