この世の何か、ひとつだけ。
「この世界から、きみが望むものを何かひとつだけ、消してあげよう。」
もしも神様がいて、そんなことを言われたら、わたしは何を望むだろうか。
***
気に食わないこと。
納得がいかないこと。
理不尽なこと。
苦手なこと。
恐ろしいこと。
生きていると、さまざまなものやひとに出会う。
その殆どは、わたしにとってはどうでもいいことで、好きも嫌いもなく、ただわたしの中から、静かに緩やかに消えていく。
無関心なものは、自ら消すことができる。
神様にお願いするまでもない。
***
好きなものや好きなひとには、消えてほしくない。
間違っても神様に「消して」とお願いすることはない。
いや、そんなことないかもしれない。
「好き」と「嫌い」は紙一重で、ある日とつぜん「好き」が「大嫌い」になることも、ある。
ほんとは大好きなのに、消してほしいと、衝動的にお願いしてしまったら。
わたしはもうそれっきり、後悔で生きていけなくなるだろう。
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いやいや、何もそんなに深く考えることはない、明らかに嫌いなものを、嫌いなひとを、わたしの世界から消してもらえれば、それでいいじゃないか、わたしよ。
しかし、明らかな「嫌い」とはなんだ?
わたしの好き嫌いは常に変化しうるもので、明らかに固定されたものではない。
そうだ、こんな厄介な人間を、わたし自身を消してもらえばいいじゃない?
***
結局わたしは考えあぐねて、
わたしの鼻先にある毛穴をひとつだけ、とか、
そんな小さなことを神様にお願いするのだろう。
きっとそれだけで十分。
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