アウシュビッツ収容所を見て

ポーランドのアウシュビッツ収容所を訪問しました。

4時間のツアーでしたが、とても重要な体験をしたと思っています。

アウシュビッツ収容所はナチスドイツ軍(SS)によりつくられ、1940年から1945年までの間に110万人のユダヤ人、戦犯が収容された施設です。負の世界遺産として今も多くの追悼にくる訪問者を受け入れています。


ユダヤ人として1942年に収容された精神科医、フランクルの著作、夜と霧を事前に読んでいましたが、その極限状態の収容所生活の中で、


人生に何を求めるかではなくて、人生に自分が何をもたらすことができるかが重要である

という言葉の意味が読後は良くわからず、その真意を知りたいという気持ちを持って向かいました。

が、

結局よく分かりませんでした。


1940年から1945年までの間に110万人のユダヤ人、戦犯が収容されて、実際に収容者として登録されたのは40万人のみ。その残りの70万人はというと、アウシュビッツに到着するや否や、シャワーをあびよう、と声をかけられ皆ガス室に送られた人たちなのです。


フランクルの手記は貴重な物ですが、フランクルはまずは医師であるというその背景からその最初のselectionにふるい落とされなかった人物だと言うことです。その後に彼は収容所で鬱状態になったユダヤ人たちを診察する役割を担っていき、そのなかで上のような考えにいきついたということです。

結局私には、だまされてガス室に入れられる人の気持ちも、精神科医として、ユダヤ人としてアウシュビッツで生活する人の気持ちも、到底想像できないものでした。

なので、

人生に何をもたらすことができるのか、など到底思いもよらないのです。

ただ恐ろしいなと、強く感じたことは、だれもナチスのしていることを止める大人たちがいなかったということです。


ナチス率いる第三ドイツ帝国はヨーロッパほぼ全部を手中に収め、ヨーロッパ中からユダヤ人をかき集めては殺害していきました。

今では国連など世界平和維持組織が世界平和を監視してくれているのでしょう。なのでそのような行為は大きな批判を浴びて抑止されるのでしょう。しかしかつてはそのような組織もなかった。

日本の原爆投下は本当に残念で繰り返してはならないことだと思っています。
しかし非難を承知で申し上げるとすれば、誰かが止めてくれたことは幸運なことだと思います。

ナチスドイツに熱狂するドイツ国民の写真なども展示されていましたが、笑顔にあふれていて、彼らは洗脳され、分別がつかない集団催眠状態に近かったのではないかと考えられます。

日本も同じような状態だったとすれば侵略行為をこれ以上押し進める前に止めてくれてよかった、そう感じます。

なにが人を狂わせるのでしょう。愛国心でしょうか?信仰でしょうか?

今の私には特別な愛国心もないですし、その点非人道的なことには断固として反対票を投じるはずです。

しかし愛国心や何か集団の力が働いたら。。。

今の自分は何も強い信仰や信念もない、と感じ、遺跡や立派な教会をながめながら、ヨーロッパの人のもつ芯の強さに一種の羨望を感じながら旅行していました。

しかし今では

アイデンティティがないことが逆に自分のアイデンティティなのかなと思いました。

多くの情報をいろんな角度から得て、大きなものに流されず、我が道を行きていく。そういう自分で逆にいいのかなと思いました。

でも戦争が始まると今はない信念や愛国心はどうなるか、、誰もそのような状況になってみないと分かりません。

ただ歴史は警鐘をならしています。

だれにも過ちはおかしうると。

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