監督から母へ。スパイシーな出来事は もっとおいしくなる合図

ずいぶんと閑話休題が続きました。でも「くみちょ。」と「とこちょ。」の生い立ちや、人となりが伝わったら嬉しいです。今日からは、映画ができあがるまでのお話をしていこうと思います。文字通り「映画を生み出す」までには何ヶ月もの胎生期間があったのです…。

映画のプロデューサーだったミミさんがこの世からいなくなって、くみちょ。が私の背中を押してくれるまではこちら↓

「ひとりっきりでも映画を作るんだ!」と腹をくくった私は、ぼちぼちひとりで撮影をつづけていましたが、映画完成への道筋はまったく見えず…。迷ったあげく、クラウドファンディングをすることを思い立ちました。映画を作ることを公に宣言することで、自分を奮い立たせ、自らを追い込もうと思ったのです。スタートは2018年の10月。期間は2ヶ月、目標額は60万円に設定しました。

「人に何かを頼むってとても辛いこと。ましてやお金を頼むなんて…。」という思いをふりきり、始めちゃったからには目標額を到達させるというゴールに向かって突き進むだけです。人生ではじめて「お金をください」と頼む日々が始まりました。まず目をつけたのが、長年つきあいのあった番組制作会社の社長。ドーナツを携えてのりこみました。社長は「ちゃっかりしてるな」と笑いながら、その場で10万円のパトロンになってくださいました。ドーナツが10万円に化けた!…ことに勇気をもらい(笑)、それからはとにかく、ありとあらゆる友人と知り合いたち、仕事でつきあいのある人や取材相手まで、片っ端からお願いの連絡をしまくりました。

主人公の主治医だった精神科の先生にも体当たりで頼みにいきました。「いくら欲しいの?」と聞かれ、「5万円いただければ嬉しいです…」と小声で答えると、「10万円出すよ」と言ってくださいました。帰りの電車の中で、涙が出たことを覚えています。

ますます調子にのった私は、主人公の内摘手術を担当した病院にもお願いメールを出しました。しかし返って来たメールには、映画の内容に大きな懸念が書かれていました。手術の撮影をしたとき、映画の趣旨を説明し承諾を得ていたのでうっかりしていましたが、確かに今の主人公は、手術当時とは、生き方、性別のあり方が全く異なっています。そのことを映画という形で公にすることに難色を示されたのです。

考えてみれば当然のことです。病院は自分たちの信頼を守らなくてはならない。そしてこの映画は、その信頼を奪いかねない。性別変更のために必要な手術をして、女性から男性に戸籍を変更した「のに」、今更、「やっぱり、違った」と言われてしまうと、その手術や診断は正しかったのか?という批判につながるのでは?という心配があるのでしょう。

映画の主人公は、手術をしたことを全く後悔していません。主人公にとって、子宮や卵巣は全くいらない臓器だと感じているからです。そして病院にも先生たちにも感謝の気持ち以外ありません。でも映画を見る人がどう受け取るかは、私たちにはコントロールできません。

病院側からは「病院のシーンを一切削除するか、男性として生き始めたところで映画を終わらせるかのどちらかにしてください」との申し入れがありました。私としてはどちらの選択肢も考えられません。手術のシーンや病院のシーンは、自分らしい生き方を模索する主人公にとってとても大切なステップです。そして、最後に性自認が変わっていくプロセスこそが、性別の多様性を示すものであり、自分らしさの奥深さを描くものであり、映画に深いメッセージをもたらす重要な要素です。それなしでは「ドキュメンタリーは成立しない」と思いました。

当時からすでに私の無料セラピスト(!)であった「くみちょ。」に相談すると、以下のようなアドバイスをいただきました。

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ドキュメンタリーは成立しない。
(とは、限らない)

改善、回避する手段があるはず。
(私たちの知恵に及ばない方法があるはず)

必ずうまくいく。
(それはもう決定事項)

ここはもうね、笑っているしかないんです。
手を尽くしたら天に任せて。

いい事が続く中で、時々やってくるスパイシーな出来事は、
これから、より一層甘美な料理を味わうため。
よっしゃ!スパイス来た〜〜(≧∀≦)
おいしくなる合図(うまく行ってる証拠)

今、うまく進んでいる事に目を向けましょう。
そちらの方へエネルギーを使いましょう。
マイナスに引っ張られないように。

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まずは先生に会いに行こう。私の思いや、主人公のいまを伝えてこよう。
手術を受け、性別変更をしたからこそ、やっとわかった。
そのおかげで、今、ようやく自分らしさを取り戻せたのだという事をご存知ないのかもしれないから。

そして、編集中だったラフカットの映画を見ていただきました。映像こそがすべてを語る。私はあまり何も言葉を発する必要がありませんでした。
見終わった後、先生はこうおっしゃいました。

「表情がどんどん変わっていって、最後はとてもいい笑顔だった。医療の限界や、戸籍変更という法制度の限界も示唆する映画だ。上級者向きの映画だ」

そしてこうも付け加えられました「明日からは患者に、戸籍変更がゴールではないということも伝えなくては」

なんて素晴らしい方でしょう。先生の懐と思慮の深さに心から感動していました。「悲しい」ともおっしゃっていました。本当は自分が手術をした患者がその後その性別でハッピーに生きていってほしいのに、そうではない事例になったから。でも主人公は、一見理想的な実例ではないかもしれないけど、とても前向きにハッピーに生きている、ということも伝わったようでした。

そして最後に先生が発した言葉。「病院のシーン使っていいですよ」

病院の入ったビルのエレベーターの中で思わずガッツポーズをしたことを覚えています。とにかく、本当に本当に涙が出るほどほっとしました。またひとつ大きな山を乗り越えられました。でも大きな山だと思っていたのも私の思い込みかもしれませんね。

くみちょ、このスパイシーな出来事のこと、覚えていらっしゃいますか?




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