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「コンプラ全盛。我々上司がビクビクです」との発言。同情できる?できない?

企業の役員クラスへのリーダーシップ研修を見学したのです。そこで、悲しいやら情けないやらのコメントに出会ったのです。

ある生徒さん(もちろん役員クラス)が言いました:

「今の時代、当然だが、ブラックはダメ。コンプラ全盛。しっかり守らないと。ちょっとしたことでパワハラ扱い。性別や年齢を指摘し優劣をつけるような会話もダメ。指示もできない、ですよ。これでは成果が出し難くくて。ね、みなさん、我々上司の方がハッキリ言ってビクビクしていますよ。ね?!」

はぁー、情けない・・・

多様性の価値も、差別の問題も、セクハラもパワハラも、遠い昔から会社にとって大切な課題であり続けています。質の高いリーダーは昔から課題認識し、対応しています。「ちょっとしたことでパワハラ扱い」は、あなたが原因ですよ、なんて喉元まで。でも、見学の身だから心にしまう。

こんな大切なことが、日本の多くの会社でないがしろにされてきた。それでも会社が成長できていたのは、日本の人口が増え、全体的な経済が成長していたから。会社はその上昇スパイラルの恩恵を受けられただけ。パワハラ・セクハラをしても変わりの社員はいるし、多様性不要・俺の言うことを聞け、という不適切対応でも成長できていた。

「会社」が今ここに存在している理由を整理してみると:
1.誰かがあえて社員という仲間を集めてチーム/組織を作る、という選択をした結果であり、
2.それは、ビジョンの実現が独りでは無理と分っていたからであり、
3.多様なスキル・知識・知恵など、自分には無いチカラの結集が必要だと分っていたからであり、
4.そして、自分が自分に課した課題とはいえ、日々愚直に努力することこそが、独りぼっちではとても大変で、支え合う仲間が欲しいから。

つまり、会社は多様性を求めて創業されるのだ。多様性が必須なのだ。年齢も性別も人種も。スキルも知識も知恵も。性格も考え方のクセも。違うからありがたい。多様だからありがたい。自分独りでできないから、自分ではない違う仲間が必要。この違いはセクハラ・パワハラのためではない。

だから、多様な社員は「感謝」の存在。

一方で、会社として、1つのビジョンに向けて多様なチカラで効果的・効率的に動くには、「企画」と「決断」と「実行」と「結果責任」を分散しないと意味がない。役割分担、そして権力構造が生まれる。

つまり、会社は、支配/権力/強制/圧制/主従/指示命令で成り立っている。だから奴隷扱い(パワハラ)は自然に跋扈。”下”は”上”の言うことを聞かないといけない、と、”上”も、”下”も、勘違い。感謝の存在の仲間が人件費、機械、駒、そしてリソースなんてカタカナで「軽く」扱われる。こうなると自発性・自律・自立・熱意が失われて、モメンタムが失われる。

過去の日本では、上述の通り人口が増え、市場が広がり、売上・利益が上がり、給料も上がり、多くが気にしていなかっただけ。自分も被害者だったが、上司になってからは加害者。プラスマイナスゼロ思考。極度の犠牲者だけが泣き寝入り。

しかし、市場が拡張しない現代で「差別~パワハラ」があると会社の成長が失われる。だから、社会的ムーブメントとして表面化。

ということで、人生において、多様性の価値・差別の問題を思考して来ていない上司が今さらビクビクですね。まるで最近になって社会・会社から押し付けられた新たな考え方のように受け取り、無理難題だよー、と勘違い。

でも、後戻りできない要求事項だから、これを機に素敵なリーダーになればよいですね。でも、冒頭のコメント。他の参加者も、笑いながらそうですよねー、なんて同意。先生すら、わかります、なんて。先生ならば明確に反論してもらいたかったな。。。

(読んで頂きありがとうございます。
(最近出会った素敵な気づきフレーズv7_52)


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