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【掌編小説】初盆に綴る手紙

 拝啓。
 
 最高気温予想が34度だと「35度を下回っている」とホッとする程の異常な暑さが続いております。
 お元気ですか。
 
 ・・・・・・で、あってますか? どうなんだろう? お元気ですか、ねぇ。
 いやぁ、出だしからいきなり躓いてしまったけど、初盆を迎えるに当たって君に手紙を送るよ。
 
 まったく早いもんだね。
 キミが逝ってしまってから、初めての夏を迎えることになるんだ。
 いまでもよく思い出すよ。キミに病気のことを告げた時のことを。
 自分が不治の病に冒されていると知った時に、キミはこう言ったんだよな。
 
「アタシが死んでも、絶対にお葬式はしないでね。それに、お墓も作ってほしくない」
 
 最初は、オレのことを気遣って言っているのかと思ったんだけど、そうじゃなかったよな。キミが続けた台詞には痺れたね、最高にキミらしかったよ。
 
「だって、お葬式なんて挙げてもらったら、うっかり成仏しちゃいそうじゃない? 天国だか極楽だか知らないけど、そっちに行ったらすごく退屈しちゃいそうでヤなの。お墓に入れられたら、その場所に縛られそうだから、それもナシ。大丈夫だって、アタシ、地獄に落とされるような悪いことした覚えはないし。天国と地獄の間の宙ぶらりんのところで、そうそう、霊界みたいなところでさ、なんにも縛られずに自由に楽しみたいな」
 
 望み通り、いまのキミは霊界で暮らしているんだろうな。
 なにせ、初盆にも帰ってこないぐらいだからな。キュウリウマ交通やナスウシ運輸が営業している天国や極楽に、キミがいないのは間違いない。
 
 現世ってのは、天国にいるかのような楽しみや地獄に落ちたかのような苦しみを、それぞれ小規模にしてアレコレと体験する場所だけどさ、キミがいなくなってからは、そのような事がすっかりと無くなってしまったよ。
 
 ありふれた言い方で申し訳ないけど、いなくなって初めて、キミが持っていた力の凄さを思い知らされた。オレはキミを通して現世に触れていたんだな。オレにとっていまの世界は、完全に無味乾燥状態だよ。オレにとって価値の有るヒトやモノなど何もない灰色の世界、ゴーストタウンみたいなものだ。
 
 初盆になったらキミが帰って来るかもと思ってずっと待っていたんだけど、やっぱりそれは無さそうだから。
 決めたことがあるんだ。
 で、先に手紙で報告しておこうと思った。
 
 ちょっとさ、頑張ってみるよ。
 自分から動いて、もう一度現世を味わい直してみる。灰色一色になってしまった世界だけど、どこにどんな色が隠れているか、探してみる。
 
 キミは霊界に居るんだろう? 
 と言うことは、だ。昔の歌にあったじゃないか。「お化けは死なない」って。(あ、あと、「学校も試験もない」んだっけ?) 無限の時間があるわけだから、オレがそっちに行くのが少しぐらい遅れたって、全く問題ないよな。
 
 だから、オレはできるだけこの現世で、そう、キミを通してでなくて自分でさ、体験して、考えて、怒って、泣いて、そして、笑ってみる。
 
 それはもちろん、オレが霊界でキミと合流した後でする予定の馬鹿話の準備だ。
 もう一度そっちで一緒になって、ああ、そうだ、キミがいまいるゴーストタウンをオレたちのホームタウンとした後には、無限の時間があるからさ、無駄話がたっぷりとできるだろう? そのためには、ネタをたくさん仕込んどかないといけないからな。
 
 だからさ、頑張ってみるってわけだよ。
 ああ、そう。流石だね、その通りだ。途中で心が折れないように、キミに手紙を送って宣言しとくってわけだ。
 
 じゃあな、オレがそっちに行くまで、元気でやっててくれよな。
 って、この台詞もどうなのかなぁ。まぁ、とにかく、元気でな。

敬具


 追伸 
 
 そっちには、キュウリウマ交通もナスウマ運輸も通じていないからな。
 ゴーヤ山羊さん郵便局で、手紙を送るよ。
 無事に届くといいけど。
 じゃ。また。

(了)
 
 
 
 



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