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月の砂漠のかぐや姫 第112話

 その日、土光村から吐露村へ向けて、小規模な交易隊が出発しました。
 交易隊の先頭には、ナツメヤシのように細く背の高い男が、白い頭布の上に赤い布を巻き付けて歩いていました。その男は、右手で駱駝を引きながら歩いており、駱駝の背には、旅装束に身を包んだ小柄な人物が乗っていました。直射日光から身を護るためか、その人物は目深に頭巾を被っておりました。
 赤い布を頭に巻き付けた男の傍らには、小柄でいかにも身の軽そうな白い頭布を巻いた少年が、こちらは駱駝ではなく馬を引きながら、歩いていました。
 少年はときおり立ち止まっては、周囲をぐるりと眺めたり、空の雲の眺めを確かめたりしていました。どうやら、この少年はここいらを旅するのは初めてのようで、見るものすべてが珍しく感じられるようでした。
 土光村から吐露村へと続く交易路の途中には、奇妙な砂岩が林立していて、そこを通る者からまるで旅する者を惑わせる魔が棲んでいるようだと恐れられている、ヤルダンと呼ばれる場所を通らねばなりません。
 でも、土光村からヤルダンの入口までは、通常二日は歩かねばならないほどの距離がありますので、いま土光村を出発したばかりのこの小規模の交易隊の周囲に広がっているものといえば、昼間は太陽の強い光を反射して白黄色に、そして、朝夕には茜色に染まる空の色を映して赤茶色に光る、乾燥したゴビの大地しかないのでした。
 遠くの方、空とゴビの大地の境目には、襞のように台地が広がっているのが確認できます。進行方向に広がるあの襞は、あるいは、ヤルダンの一部を成すものなのかもしれません。しかし、その襞と自分たちの間にあるものは、雲一つない空のように、ただただ無表情に広がる砂の世界であり、一体どれだけ歩けばそこまで辿り着けるものか、ここを歩いたことのないものには、全く見当もつかないのでした。
 交易隊の上には、一羽のオオノスリが、風を捕まえながら、悠然と大きな円を描いていました。
 大規模な交易隊であれば、大量の荷物を運ぶために必要とされるたくさんの駱駝が、それこそ、川の流れのように長い列を作ります。でも、この交易隊は、それほどたくさんの荷物を運んでいないので、高い位置から見下ろすオオノスリの目には、その交易隊は、精々ゴビの大地に筋をつけるスナヘビ程度の長さにしか見えないのでした。

 この交易隊は、ヤルダンの調査をすることと、羽磋を吐露村へ送り届けることを目的とし、小野が送り出した一団でした。
 先頭を歩く赤い布を頭に巻き付けたひょろっとした男は、王花の盗賊団の頭目である王花が、案内人という大事な仕事を任せた王柔であり、彼が引いている馬に乗っている人物は、彼が保護した元奴隷の少女、理亜でした。
 そして、彼らの横で馬を引いている小柄な少年は、吐露村にいる阿部の元を訪れるべく旅をしている羽磋でした。
「思っていたよりも、大規模な隊になりましたね、王柔殿」
 王柔と一緒に交易隊の先頭に立つ羽磋は、後ろを軽く振り返りながら、彼に話しかけました。
「そうですね、この間の酒場での話し合いだと、羽磋殿を吐露村へ送り届けるという形にするって話だったと思うんですけど。いえ、勿論それが主な目的なのは間違いないと思いますよ。ただ、なんというんでしょうか、小野殿もやっぱり交易人だなって感じがします」
 王柔も後ろを振り返って、駱駝の列を確認してから、羽磋に話しかけました。
「小野殿が交易人だって感じがすると言うのは、どういうことなんですか」
 王柔の見方に対して、羽磋が興味深そうに尋ねました。
 もちろん、小野は大規模な交易隊の隊長であり、羽磋が交易隊に合流してから、それ以外の一面を見たことがありません。羽磋にとっては、小野は交易人以外のなにでもありませんでした。
 そのように考える羽磋であっても、この隊列を見て「小野が交易人であることを感じる」という事は無かったので、王柔のその言葉がとても興味深く思えたのでした。
「いえ、さっきも言いましたけど、本当に大事なのは、あの時の話のようにヤルダンの調査と羽磋殿を吐露村へ送り届ける事、この二つだと思うんですよ。あ、小野殿のお考えはってことですけど。それはそうなんですけど、僕が今まで案内した交易隊の人達と話して感じているのは、とにかく空荷を嫌うんです、交易の人は」
「ははぁ、そうなんですか」
「ええ、それで、始めはそういう考えは無かったのかも知れないんですけど、どうせ吐露村へ羽磋殿とその護衛の者が行くことになるのなら、今送ることのできる荷はそれに合わせて送ってしまおうと、小野殿は考えたんだろうな、と思いまして」
「なるほど、それで、小野殿もやっぱり交易人だな、と王柔殿は改めて思われたんですね。私には思いもつきませんでした、凄いですね、王柔殿」
 この出発の前には、羽磋のことを「自分よりも若いのにとても優れた人」と感じ、彼の前に出ると「それに比べて自分はなんて駄目なんだ」と思ってしまうので、彼に対して苦手意識を持っていた王柔でした。
 でも、こうして、交易路を同じ方向を向いて歩きながら言葉を交わすうちに、彼の気持ちは変わって来ていました。
 もともと、羽磋は王柔に対して悪い気持ちは持っていませんでしたし、王柔にしても羽磋本人に対しての悪い気持ちは持っていなかったのですから、交易路という自分の仕事場に戻り、羽磋の質問に答えられる自分を見つけたことで、苦手という意識もだんだんと薄らいできていたのでした。




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