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「月の砂漠のかぐや姫」これまでのあらすじ⑳(第90話から第93話)

「き、奇岩が、ですか・・・・・・」
「ああ、そうだ。とても信じられないかもしれないけど、ヤルダンにある奇妙な形をした砂岩、あれが動いたんだよ」
 月の民という遊牧民族の国に属する者であれば、ヤルダンの名を知らないものはありません。そして多くの子供たちは、そこには怪しく奇妙な形をした砂岩が幾つも立ち並んでいて交易路に暗い影を落としているのだと年長者から伝え聞き、遠い空の下にはとても恐ろしい場所があるのだと震えながら眠りにつくのでした。
 もちろん羽磋もその一人でしたが、あくまでもそれは想像上の世界でした。如何に人と精霊の距離が近いこの時代とは言っても、大多数の人たちにとって精霊の力の現れを目にする機会など、無いに等しかったのですから。
 でも、王花は、あたかも「遊牧している羊がサバクオオカミに襲われた」とでもいうかのように、それを現実の出来事としてはっきりと言い切ったのでした。
 王花の説明によると、王花の盗賊団の仕事の一つにヤルダンの巡回がありました。それは、ヤルダンに他の盗賊団が入り込んでいないか、また、通行料を払わずにそこを通りぬけようとする交易隊がいないかどうかを警戒するためで、王花の盗賊団の中でも腕っぷしの強い者たちがその仕事にあたっていました。
 ある日のこと、その巡回の任に当たっていた者たちが、全身に大きな傷を負わされて歩くのが精いっぱいの状態で王花の酒場に帰って来ました。そして、彼らは思い返すのも恐ろしいという表情で、口々に叫んだのでした。
「お、王花さん、奇岩が、奇岩がぁっ!」
「悪霊だ、悪霊の仕業だ。やっぱり、ヤルダンには魔物がいるんだ!」
 その時の王花の酒場には、王花と王柔それに理亜がいたのですが、彼らの言葉の内容を確かめるよりも前に、まずその身体を心配しなければならない、それほどのひどい傷を負わされていました。彼女たちの適切な手当てにより、幸いなことに命までを奪われる者は出ませんでしたが、その手当の間中もずっと、怪我を負った者たちは、うわ言のように「奇岩が、奇岩が」と繰り返すのでした。
 王花の盗賊団にいる者の多くは、それぞれの理由により月の民の社会の中に居場所を持っていない者たちで、王花はその者たちに「王」の名を与えて、自分の家族のように接していました。
 それだけに、自分の部下が傷つけられたという話をするときの王花の顔には、どうしても抑えきれない強い怒りが表れているのでした。
「あの子たちの言葉を疑うわけではもちろんないけれど、ヤルダンがいまどうなっているかは、はっきりとさせなきゃいけない。だから、その後にも、団の者をヤルダンに行かせたんだけどね。やっぱり同じだった。動く奇岩に襲われて帰ってきたのさ。それ以来、あたしたちはヤルダンに手出しをできない状態になっているんだよ」
 王花の盗賊団がヤルダンを管理しているのですから、彼らが奇岩の襲撃の為にそこを通れないのでは、交易隊も通ることができません。現在のところ、ヤルダンを通って吐露村から土光村へ行くこと、もちろん、その反対に土光村から吐露村へ行くことは、できなくなっているのでした。
「ヤルダンの中に踏み込むしかねぇよなあ、やっぱりっ」
 興奮の色を隠し切れないように、冒頓が腰を浮かせながら話しだました。
「王花の盗賊団の者は怪我で動けねぇんだろ? だったら、ここは俺たち護衛隊の出番だ。なに、動く砂岩だって、切れば崩れる代物だろう。それなら、俺たちが遅れを取るわけはねえぜ」
「もちろんです、冒頓殿。冒頓殿の護衛隊の力は、これまで何度も助けていただいている私が一番知っております。おっしゃるように、ここは冒頓殿の護衛隊の出番だと思います」
 小野の落ち着いた言葉が発せられると、冒頓は満足そうな顔をして、再び腰を下ろしました。その横には副官の超克が静かに腕組みをしつつ座っていましたが、「むやみに突き進む、俄かに行動する」という意味の名を持つ隊長を上手く操縦する小野に対して、心の中で手を打ち鳴らしていました。
「まず、理亜殿のお身体がこのような状態になっているのも、母を待つ少女の奇岩の声を聴いたという、不思議な出来事がきっかけだと思われます。そして、ヤルダンの交易路には奇岩が動き回り、王花の盗賊団の方が襲われたとのことです。二つの奇怪な出来事に共通していることは、奇岩です。やはり、ヤルダンの中へ行き、母を待つ少女の奇岩が何らかの霊的な力を行使しているのではないかを確かめ、そうであれば、それを・・・・・・」
「そうだな、そうであれば、それを俺たちが破壊する。だろ、小野殿」
 自信に溢れた声で自分の説明を遮った冒頓でしたが、小野は彼に対していらだった様子を見せるのではなく、「おねがいします」とでもいうかのように、頷いて見せるのでした。



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