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月の砂漠のかぐや姫 第104話

 この伝達でびっくりしたのは、苑でした。小野の交易隊は根拠地である吐露村に戻るところであり、羽磋の目的地も同じ吐露村でしたから、旅の最後まで羽磋と一緒に歩けると苑は思い込んでいたのでした。
「ええっ、羽磋殿、明日出発されるんっすか」
「ああ、昨日の話し合いで、そう決まったんだよ。この交易隊は、しばらくここに留まるそうだからさ。ここでもいろいろと勉強させてもらっているけど、まずは留学先である肸頓族の長の阿部殿にお会いして、それから色々と勉強させてもらうというのが筋というもんだし」
「そんなぁ、せっかく仲良くさせてもらってるっすのに・・・・・・。ここでお別れとは淋しいっす。い、いや、護衛隊は、羽磋殿と一緒に行けるんですよね。そうか、まだ、ご一緒できるん・・・・・・、ううっ気持ちわりいぃ」
 びっくりして勢い良く立ち上がったのが悪かったのでしょうか、口元を抑えて再びしゃがみ込んでしまった苑の背中を、羽磋は苦笑しながらさするのでした。
「いや、俺も小苑と一緒に吐露村まで行けるのなら嬉しいけど・・・・・・、あんまり無理するなよ? 交易隊本体が土光村から吐露村に出発する時にも、護衛隊の人がいないと困るだろう? だから、俺と一緒に行く護衛隊の人も、ほとんどの人は、ヤルダンを抜けたときにこちらに引き返してくるんだよ。もしあんまり体調が悪いようなら、無理しないで、こちらに残っててもいいんじゃないか」
「さ、さびしいこと、言わ、言わないでくださいよ。一緒に狭間を抜けた、仲じゃないっ、ウウウエエッ」
「おいおい、本当に大丈夫か、小苑・・・・・・」

 ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・・・。

 銅鑼の響きが、交易隊の中心から周辺に広がっていきました。これは小野が話していた集合の合図です。
「ああ、銅鑼が鳴っているな。俺は行くからな、小苑。水を飲んで大人しくしとけよ。無理するなよ」
 大丈夫かな、小苑は。
 そう思いながらも、合図が成された以上は、この場を去らないわけにはいきません。最後に羽磋は、しゃがみ込んでいる小苑の頭をポンと叩くと、駐屯地の中心に設営されている小野の天幕へ向かって走りだしました。

 小野の天幕の中で行われたのは、先程行った伝達に沿った仕事の割り振りでした。それが終わると、小野は羽磋を連れて、土光村の中へ向かって歩き出しました。それは、昨日、羽磋に話していたとおり、土光村の代表者に挨拶をするためでした。
 土光村の周囲には土壁が設けられており、その入り口には、盗賊などからの襲撃を警戒するために、門番が立っています。その門から土光村の中央へ向けては、とても大きな通りが走っています。
 土光村は交易路の中継地として栄えている村で、国から国へと長い旅をする交易隊から、近隣の村々の間を往復する小さな交易隊まで、多くの交易隊に利用されていました。また、この周辺で遊牧を行っている者たちの根拠地としても、重要な役割を果たしていました。
 そのため、大通りの両側には、交易隊が荷の交換のために広げている露店が、土光村の周囲に立っている土壁のようにずらりと並び、通りは常にたくさんの人でにぎわっているのでした。
 小柄な魚が水草の間をスイスイと泳ぐように、村の中心部の方へと通りを進んでいく小野。その小野は、小脇に何かの包みを抱えていました。
 彼と同じように小柄な羽磋でしたが、やはり、人込みを歩く経験が少ないせいか、どうしても遅れがちでした。でも、あまりに人が多いために、少しでも離れてしまうと、小柄な小野の姿は、人波の下に隠れて見失ってしまいそうでした。
 そのため、羽磋は何度も小走りになって、小野の後を追わなければなりませんでした。
 羽磋には、周りに並んでいる物珍しい荷の数々を、ゆっくりと眺めてみたい気もあるのです。でも、そちらに顔を向けた瞬間に小野を見失って、ゴビの砂漠で迷う子羊のようになってしまいそうで、ゆっくりとあたりを眺める余裕は、とてもありませんでした。
「あ、あれ?」
 その時、小柄な体格が災いして、人の身体の間からしか周りを見ることのできない羽磋でしたが、視界の端に気になるものが見えた気がしました。
 見覚えのあるひょろっと背の高い月の民の男が、年若い異国の赤髪の少女を連れて歩いている・・・・・・。
「あれは、王柔殿と理亜、かな?」
 羽磋が見かけた人影は、すぐに他の人の身体で隠れてしまい、それが昨日初めて会った二人かどうかは、はっきりとはわかりませんでした。
「なんだろう、村の中心地や倉庫の方ではなくて、村はずれの方へ行こうとしているみたいだけど・・・・・・。あ、すみません、小野殿、ここにいます。すぐに行きます」
 それがもしも王柔達であれば、王花の酒場の方か、交易隊の荷物が預けられている倉庫の方へ向かうのではないでしょうか。
 でもその二人は、そのどちらとも全く違うところに向って、歩いているようでした。
「いや、そもそも、見間違いかもしれないな。でもな」
 はっきりとした理由は思い浮かばないのですが、何やら心がもやもやとするのを、羽磋は感じました。
 でも、いまは小野に遅れないようにしなければなりません。そのもやもやはひととき忘れることにして、羽磋はいつの間にか止まっていた自分の足に対して、小野が呼ぶ方向へ急いで向かうようにと、命令を下したのでした。



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