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月の砂漠のかぐや姫 第202話

「大丈夫ですか、羽磋殿・・・・・・」
 王柔が心配そうに声を掛けてきました。
「ええ、少し目が疲れましたが大丈夫です。一通り見まわしてみたんですが、ここは本当に不思議な場所ですね。精霊の力がとても強く働いているようです。僕たちは、一体どこにいるんでしょうか」
 王柔も改めて周りを見回しました。
 とても広い洞窟です。ひんやりとした空気が満ちた広い空間は、ゴツゴツとした岩壁と複雑な襞を形成した天井に囲まれています。外部から光は入ってきていないので、本当ならば真っ暗で何も見えないのでしょうが、地面のほとんどを占める大きな池の表面からほのかな青い光が放たれているために、洞窟内では夜に月明かりを頼りに物を見る程度には辺りを見ることができます。
「そうですねぇ。すみません、羽磋殿。案内人は僕なのに、こうなってしまうと、ここがどこかはさっぱりわかりません」
「いえっ、謝らないでください、王柔殿。こんな状態では、案内人であろうがなかろうが、わからなくて当たり前ですよ。ただ、これからどうするかについては、いろいろと調べてから考えを決めないといけませんから、何か気づいたことがあったら教えてください。そうだ、王柔殿が、一番早く意識を取り戻されたんですよね」
 王柔は、羽磋の言葉に対して、申し訳なさそうに首を振りました。
「そうです。僕が最初に意識を取り戻しました。ただ、あの真っ暗闇の中で滝から落下した後、どれくらい気を失っていたかはよくわからないんです。だから、どの程度流されたのかもわかりません。水の勢いが強かったですから、あの場所からはかなり流されているのだとは思いますが・・・・・・。僕がしっかりとしていたら、ここからどうすれば出られるのか、せめて、ここがどこかの手がかりぐらいはつかめたかもしれないのですが・・・・・・。すみません・・・・・・」
「そうですか・・・・・・。でも、それは仕方がないですよ。お気になさらないでください。よし、だいぶん頭の痛みも取れてきましたっ。先ほど兎の面をつけて辺りを見まわした時に、気になる場所を二つ見つけました。歩いて調べに行けそうですから、確認しに行きましょう。何か手掛かりがあるかもしれません」
 会話を続ければ続けるほど自分を責めて気落ちして行きそうな王柔を見かねたのか、羽磋は勢いよく立ち上がって会話を打ち切りました。その言葉とは裏腹に、ズキンと頭に痛みが走りましたが、羽磋はそれを顔に出さないようにこらえるのでした。
 羽磋と王柔は理亜が遊んでいる水辺のところまで戻りました。洞窟の下部のほとんどが水に覆われていて歩ける部分は限定されているとはいえ、元々がとても広い空間ですから、羽磋が気になったところを中心に歩いて調べるとなると、かなり長い時間が掛かりそうです。「この近くを手早く調べるぐらいであれば、水辺で機嫌よく遊んでいる理亜をここに残したままで済ますこともできるかもしれないが、長い時間をかけての調査となると、やはり理亜を連れて行かなければならない」と、二人は考えたのでした。
 一方で、すっかり落ち着いてモグモグと口を動かしている駱駝の方は、この場に残しておくことにしました。始めは駱駝も連れて歩こうかと考えたのですが、地面はゴツゴツとした岩でできているので不規則に凸凹していますし、天井から落下したと思われる岩が無数に転がっていたり、大きく隆起しているところがあったりもして、駱駝を引いて歩くのは大変に思えたのです。まずは自分たちだけで洞窟の周囲を調べて、これからどうするかが定まったら、またこの場所へ戻ってくるつもりでした。
「理亜、ちょっと辺りを見て回ろうか」
 王柔はしゃがみ込んでいる理亜の肩を叩こうとして、手を引っ込めました。理亜の身体に触れることができないことを忘れてしまっていたのでした。
 自分が慌てて手を引っ込めたことを理亜に悟られはしなかったかと心配する王柔に対して、水辺から立ち上がった理亜は、何の心配事もないような笑顔を見せました。


 どういう由来があるのかはわかりませんが、精霊の力の現れであるほのかな青い光があるのは、羽磋たちにとってとても幸運なことでした。そうでなければ、洞窟は真っ暗な状態で、周囲の様子を調べるどころか、前に向かって歩くことも困難を極めていたでしょう。
 羽磋を先頭にして、理亜、王柔と続く一行は、羽磋が兎の面を付けて周囲を見回した時に白い光が集まっているのに気が付いた場所を目指して歩いていました。でも、一直線にそこに進んでいくのではなく、時折り立ち止まると、近くの洞窟の壁や頭上の天井の方へも視線を送り、何か変わったことがないかを注意深く調べるのでした。
 洞窟の壁自体は黒々と輝く砂岩でできていて、あるところではグイッと水面近くにまで飛び出したかと思えば、あるところでは大きく引っ込んで水面から離れるなど、一様ではない形状をしていました。羽磋はその壁を注意深く眺めていましたが、やがてそこに一つの特徴があるのに気が付きました。
 水面から放たれるほのかな青い光は壁面の凹凸に従って影を落としているのですが、その影の広がり方から、壁には水面と平行の線が幾つも刻み付けられているのがわかったのです。その線は、乳酒を飲み干した後の器の内面に付く環状の筋に似ていて、同じ高さにそろった線が、高さを違えて何層にも重なって刻まれていました。








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