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渋谷駅にある岡本太郎さんの巨大壁画「明日の神話」。何気なく通り過ぎるひとが多く、僕もその一人ですが、先日、南青山の岡本太郎記念館を訪れて以来、作品の見方が変わりました。1968年に制作着手されたこの作品はメキシコのホテルに飾られるものでしたが、オープン前にホテルは倒産。作品はその後、行方知れずになります。2003年に見つかり日本に運ぶことになりますが、横30メートルほどの巨大壁画は運搬不能。しかも傷みがひどく、絵は所々に亀裂が入っている状態でした。これをどう運ぶか。プロジェクトチームに課された問題は深刻でした。その時、プロジェクトリーダー平野暁臣さんのアイデアが凄かった。「僕は芸術家ではないので率直にいうと、どうせ亀裂が入ってしまっているのだから、亀裂に沿って絵を切って運び日本でつなぎ合わせたらどうか」。思わず「なんて賢い発想だろうか」と感心しました。平野さんの提案どおり絵は亀裂に沿って切り取られ、そこで出た紙片一つ一つもすべて持ち帰り修復され、いま渋谷駅に飾られています。

ブランドの世界観を説明するものに「破壊テスト」があります。例えば特徴的な薄緑のコークのガラス瓶。これを割って粉々にしても、その破片一つ一つは確かにコークのものだとわかる。つまりこの「らしさ」が世界観です。つまり破壊テストとは「ブランド名を隠して製品パッケージを眺めた時に、そのブランドらしさがどの程度感じられるか」を検証するものです。「明日の神話」では文字通り破壊された絵画の一片一片にそれがあったに違いありません。そして修復を通じてブランドの圧倒的な世界観が再登場したのです。

それにしても「世界観」ほど漠とした概念も珍しいかもしれませんね。企業ではブランドの世界観の定義もしますが、どうも「終わりが見えない」感じに陥ります。どこまで行っても「何か違うような」感じが付きまとう。その大きな原因は「顧客が勝手に感じるのが世界観だから」だと思います。顧客(または非顧客も含めて)の解釈や感じ方を簡潔に定義するのは簡単ではありません。その難しいものを一生懸命考えて追求するのもブランド担当者の仕事です。考え抜いて、最終的には自分自身がブランドの「イチバンのファン」になり、自らの体験と感覚でブランドの世界観を理解するしかないでしょう。

もし世界観を作るコツがあるとすれば、デザインなどブランド要素に行く前に「ブランドが持つ信念や思想をしっかり整理する」ことでしょうね。顧客の「このブランドはこういう思想や信念を持っている」という理解が世界観へのトリガーになる。それを入り口にブランド要素がサポートして顧客の頭の中にブランドの世界観が出来上がるわけです。つまり世界観とはデザインから受ける印象以前にブランドの思考体系を表現したものかもしれません。よって信念や思想がなければ、そのデザインは世界観ではなく「トーン&マナー」のレベルに落ち着くでしょう。トンマナは世界観と似て非なるものだと思います。つまり世界観を構築するには自らの信念や基本的な思想を明確に打ち出すこと。それを伝える媒体として一貫性のある製品開発やコミュニケーションを続けることと言えます。