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詩 人を想うこと

少し前にいる誰かの後ろ姿 あるいは隣でいる時

その人の言葉は、僕の言葉のようだ。

誰かに元気ですか?とあなたが誰かに言うその言葉は、僕も同じように言いたいなって思った。

散歩中、外にはえてる雑草、咲いてる花は伸びていくけど絡まらない不思議

誰かの言葉が自分の中から消えない。

そしてそれは重ならない。絡まらない。

それは僕の言葉と同じで、ちょっと未来に咲く花だから。

独りだと思い込むことは、どんどん悲しみが大きくなって、未来にカラフルな寂しさが輝く。

それぞれが混ざりあっても解決しないな。

描きたい絵画は描けない。

外を散歩してたら花瓶を見つけた。
隣同士の花にはなぜだか話しかけてしまう。

それはなんか寂しいかもしれないとかあり得ないことを考えてしまうから

誰かと話すと内側でその人の優しさや、面白さを感じる。

それら含め優しい人だとかと思って、もっと話してみたいなって思う

だけど、隣でその人が別の誰かに話す時に

こんな表情するんだとか、こんな元気な人なんだとか思うと、すごい人だなと感じる。

そのすごいが今に花が咲く瞬間。自分の花が咲けばもう寂しくない。

すごい、その人の良い部分を見つけた瞬間から、その人を見つけた瞬間から

その人の言葉以外の大切さがわかるから。

その人をその人として認識できるから。

優しいとか、もっと話してみたいと思った時は、たぶんそれは自分のことをもっと知りたいと思うことだから。

だから寂しいと思った。

だけど、あの花瓶に咲く花に話しかけるように、寂しさにちゃんと話しかけたい。

それが相手を想うことだと思った。

絵画を描く時はきっと泣いてては描けない。

寂しさがごちゃまぜになってたら描けないよ。

しっかり相手の寂しさだけ見ないと描けないと思うんだ。

すごいと思う人は本当はすごくないんだ。

それがわかれば寂しさは自分だけのものじゃなくなる。なくなってほしい。