「真実」を自分の中で「虚構」に変えて言葉にする。
私がライターとして仕事の文章を書く時に心がけていること、信条としていることが2つある。
1.消しゴムで書け
これはライターになる前に、元新聞記者だという方に教わった言葉だ。
ペンじゃなく消しゴムで書く?
頭に「???」が浮かびそうな言葉だが、たとえば1000字の原稿を書く時に、1000字分の情報を集めて文字を埋めていくのではなく、それよりもっと多くの情報を取材で集めて、不必要なものを削っていく、ということだ。
集めた情報はどれも大事だと思っても、その中で取捨選択をする。削って削って、時には9割を削って1割を残すこともある。それは簡単なことではない。インタビューした相手がとても素敵な人で、世の中の人に伝えたい言葉がたくさんあった時など、もう泣きそうになりながら、身もだえしながら、削る。書くよりも削っている(推敲)時間のほうが長いかもしれない。
大げさかもしれないが、それは自分の身を削られるかのように、とても苦しい作業だ。だけど、そうやって消しゴムで書くようにして残された文章は、必ず光る。いや、光ると信じて削っている。
2.事実でも嘘でもない、「虚構」を書く
ライターになりたての頃、私は「事実」を書くことしか考えていなかった。きちんと取材して、話を聞いて理解して、それを間違いなく文章にすることが大事だと思っていたのだ。
もちろんそれは大事なことだが、それだけではダメだとわかったのは、ある企業の社長を取材した時だった。インタビューして記事を書いてチェックに出した時、その社長に言われたのがこれだった。
「藤本義一さんを知ってる?彼の言葉でね、『言葉は、事実、虚構、嘘の三種類に分けられる』っていうのがあるんだけど……」
社長は、まだ25歳のギラギラしただけの未熟な私に、優しくこんな話をしてくれた。
「事実」というのは聞いたこと、思ったことそのままを出した言葉。あなたはもっと「虚構」を書けるようにならないとあかんね。「虚構」というのは、決して「嘘」ではないからね。「虚構」にはちゃんと「真実」があるから。その「真実」を自分の中で「虚構」に変えて言葉にすることが、プロのライターの仕事じゃないのかな。あなたの書いている記事に「嘘」はないけど、これは「事実」でしかない。「事実」ではない「真実」を書くことが「虚構」で、そこには物語性がある。あなたは「虚構」を書けるライターにならんとあかんよ。
この時の私の衝撃がわかるだろうか。ベタな比喩だが、本当に”雷に打たれたように”痺れ、閉じていた世界が大きく開かれた気がしたのだ。何かモヤモヤとしていたものが一気に晴れるようだった。
実際、それからの私の書くものは変わった。
絶対に嘘はダメだ。でも、事実を書くのなら誰にでもできる。真実の上の虚構、物語性をもったものを書くことこそが、プロのライターの仕事なんだとようやくわかったのだった。
あれから四半世紀近く経つけれど、今もこの2つが自分のライターとしての信条だ。どんな職種の人でも、何かこんなふうにプロとしての仕事をするための信条というのは持っているのではないだろうか。
私はまたそれを聞いて、書きたくなる。
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