練武知真 第20話『変と化を知って向上する為の武術』
長い間、武術を修行してきて気付いたことがあります。
それは「修行には2つの異なる過程がある」ということです。
同じ事を黙々と繰り返し、力を蓄え、向上してゆく過程。
そして、
やり方をガラリと変え、修行の質を変える過程。
この二つの過程の繰り返しによって、全体として高みに向かってゆくのです。
実際の例を挙げて説明しましょう。
形意拳の技の一つ【崩拳(ポンチェン)】という縦拳による中段突きについて。
形意拳は前進して技を打ち出す事を基本としています。
私は最初、崩拳を練る時には細かい事を考えず、全力で前へ飛び出し、全力で拳を打ち出していました。
腕は硬く鉄骨のような状態になりました。
サンドバッグを打つ際も、サンドバッグを吹き飛ばす勢いで、腕と一本化した拳を打ち込みました。
筋力も充実し、精神も猛々しくなり、打つ度に大きく振れるサンドバッグを見ては満足していました。
しかし、
ある時、ふと老師が言いました。
『硬い』と・・・。
それは「硬すぎる」という意味であることは感じ取れたのですが、
未熟な私には「硬い事の何がいけないのか?」が分かりませんでした。
しばらく同じような練習を繰り返していたところ、また老師が言いました。
『剛ばかりで、柔がない』
さらには私の人間性についても
『陽ばかりで、陰がない』
と仰いました。
さすがにここまで言われると、何とかせねばと焦る気持ちが芽生え、老師の動きをつぶさに観察しました。
「柔らかい」
その時初めて形意拳はこんなにも柔らかいのかと気付きました。
そして、老師が打法(実戦用法)の説明を皆にする時には、積極的にその相手をするようにしました。
「速く、柔らかく、重い」
これが老師の打撃の質であることを体で理解してゆきました。
しかし、どうすればそのような打ち方ができるのかは分かりません。
老師からも特に解説はありません。
そう。
色々な修行の道の途次において必ず現れるという『壁』といものに私は突き当たったのです。
そこからは我が崩拳を柔らかくする為の試行錯誤が始まります。
太極拳をイメージしてユックリと練習してみたり、
腕や脚の関節の柔軟性を高めてみたり・・・。
サンドバッグを打つ時は、力を一切入れずに、まるでドアをノックするような感じでポンッと打つようにしていました。
あれだけ強く打てたのに、
あれだけサンドバッグを揺らす事ができたのに、
今はサンドバッグはピクリともしない・・・。
このまま弱くなっていってしまうんじゃないだろうか?
前の硬く強い打ち方の方が良かったのではないだろうか?
ややもすると疑心暗鬼に陥りそうになります。
そんな暗中模索の日々が続いていたある時期、
老師の道場で八卦掌という武術の指導が始まりました。
円弧を描くフットワーク、しなやかな全身連動、そして素早い旋回が特徴の美しい武術です。
この八卦掌が私に大きな転機を与えてくれました。
八卦掌は相手と正面からぶつからないように、体の旋回とフットワークでサイドに回り込みます。
つまり打撃力より先に、
移動力や旋回力、柔らかな全身連動力を身に付ける事を優先します。
八卦掌を学びつつ、その感性を形意拳の修行にも反映させてみました。
八卦掌の旋回に必ず必要な「体軸」の確立を、崩拳を打つ時に徹底するようにしました。
すると、
力みによって前のめりになりがちであった上体が安定し、胸が緩み、腕の各関節も緩み、よく連動するようになったのです。
八卦掌のしなやかな四肢の使い方も、腕や脚の柔らかな連動性を引き出してくれました。
さらにサンドバッグを打つ時も、腕を緩める代わりに、脚による地面の踏み込みを強化して、「脚で打つ」感覚に変えてみました。
しばらくすると、
打つ前、打つ時、打った後のいずれの状態でも高い安定性を維持できるようになりました。
以前は硬く強く打ち出す事によって、打った後のバランスを崩す事があったのに。
そして、サンドバッグ打ちにも変化が現れました。
打った力がサンドバッグの中に通ってくゆく感覚が芽生え始めたのです。
硬く打っていた時はサンドバッグ全体が移動して、大きく揺れていたのですが、
この打ち方に変えることによって、サンドバッグ自体はあまり大きく振れないのですが、拳から出た力がサンドバッグ内を貫通してゆく感覚ともに、重い突きに変化してゆきました。
そう。
私が求めていた「柔らかく、重い突き」への道が開かれたのです。
『変化』という言葉がありますね。
私は何かの文献を呼んで、この言葉をとても大切に思うようになりました。
その文献によると、
『変』と『化』は
異なる意味なのです。
『変』は、特定のカテゴリーにおいて向上してゆくこと。
努力を積み重ね、上昇してゆくこと。
これは「量」で現わされる世界。
しかし、ある程度上昇すると、それ以上は向上できなくなる時期がやがてやって来ます。
先程、例に挙げた『壁』のようなものです。
それ以上、そのカテゴリーで努力しても先へ進めないピークポイント。
では、それ以上、向上してゆく為にはどうすれば良いのか?
それは・・・
カテゴリーを変えてトライする事で先へ進む事ができるのです。
「質」を変えると言っても良いかも知れません。
これまでやってきた事を一旦手離し、まっさらな気持ちで新たな角度から進んでゆく。
このように質が変わる事を『化』というのです。
「量」ではなく、「質」の世界です。
「これまでの成果を手離す」と言っても本当に無になる訳ではありません。
それを意識しないことによって、固執から自分を解放してやるのです。
これまで一生懸命やってきた事は、必ず自分の奥深くに染み付いていて無くなることはありません。
そうして、「化」で得た新たな境地で、また「変」を積んでゆき、
来るべき時に現れるであろう次なる壁というピークにおいて、また「化」によって質を変えて進む・・・。
大切なことは、
質を変えるべき時に、
勇気をもって、
新たな境地へと踏み出すこと。
これまでの成果に固執して、変わるべき時に、変えられずにいると、低いレベルでの「お山の大将」になってしまいます。
自分の進むべき方向を見据え、
努力と変革を繰り返してゆく人は
間違いなく高みへと進んでゆけるのです。
2024年6月26日 小幡 良祐
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