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#142 儚さ

悲しい事に最近ちょこちょこ話題になるが、逝去されたばかりの故人に悪口めいたフレーズを用いる事は当然ながらよくない。当たり前に。それは人間としてのモラルで、それは絶対的にある。
だが、サッカーに限らずスポーツ界では、敵と味方が常に存在する性質上、時として「大嫌い」という言葉こそが最大級の称賛になり得る唯一の業界と言えるのかもしれない。だから、敢えてここではその言葉を使ってこのNoteを書きたい。


大嫌いなFWだった。
ほんっと大嫌いなFWだった。
ガンバファンとして、やられまくった記憶しかない。
気がついたらDFの間をすり抜けてるし、こぼれ球大体詰めてるし、シュートパターン豊富だし、こっちがビルドアップしたらめっちゃプレスかけてくるし、そしてスコアボードを見ると大体彼の名前が刻まれてるし、リアルタイムで試合を見れなくて、スマホでネットを確認しても得点欄に彼の名前があったし。
ほんと大嫌いだった。厄介だった。柏と試合する度に点を取られていたような気さえする。さっさとヨーロッパ行けと本気で思っていた。ガンバ戦のタイミングで累積警告でも貰ってくれとすら思っていた。その願いも虚しくばっちりスタメンに名を連ねた時点で「勘弁してくれや…」と思い、そしてその数時間後にも点を取られた。いい加減にしてくれと思っていた。

それは広島時代も同じだった。なんなら広島時代は満足のいく結果ではなかったにも関わらず、やたらガンバからは点を取った。2017年のあの一発は絶望と共に、またお前か的な既視感があった。
多分ガンバファンの多くは田中順也とセットで大嫌いだと思う。思えば、途中までガンバが首位にいた2011年の優勝だって奴らが掻っ攫っていった。



そんな中で2013年、当時高校1年生だった私は長居スタジアムで行われた日本代表vsグアテマラ代表の試合を観に行った。

メンバーを大幅に入れ替えた東アジア選手権から、8月のウルグアイ戦、9月のグアテマラ戦とガーナ戦の3試合で、東アジア選手権で活躍した選手を段階的に海外組も合流したチームに混ぜている段階だった。彼はそこにいて、後半の途中から入ってきた。

私はガンバ大阪と京都サンガFCのファンであり、そして日本代表のファンである。あれだけ大嫌いだったFWを、初めて"味方"として捉えた試合だった。
途中から出場して割とすぐだった記憶があるし、改めて記録を確認しても出場から7分の事。初めて"味方"として見た彼のゴールは、ガンバがJリーグの舞台で何度も何度もやられ続けた"それ"だった。今まではスタジアムで見る彼の得点に舌打ちし、怪訝な表情を浮かべていたが、初めて彼のゴールに立ち上がって歓喜を叫んだ。敵としてめちゃくちゃ憎んだFWが、まさに彼らしいゴールを味方として決めたあの時、わかっていながら恨みに変えていた感情を素直に「工藤ってめちゃくちゃ良いFWだよな…」と受け止めていた。まぁ、次の年からまた彼を嫌う日々が始まる訳だけど………。



少しだけ話を変える。
10月21日、その訃報が届く数時間前、ヴァンフォーレ甲府が公式YouTubeに挙げた動画がある。


いわゆる甲府のYouTubeのレギュラー番組のようなもので、最近では各クラブがよくアップする、試合前後を含めたチームの裏側を記録した動画である。
10月19日に行われた敵地でのFC町田ゼルビアとの試合、天皇杯を制したばかりの甲府はJ2では11試合未勝利かつ7連敗という状況だったが、アディショナルタイムの劇的ゴールで12試合ぶりの勝利を飾った試合の密着動画だ。


甲府の吉田達磨監督にとって、この1週間は彼の豊富な人生経験の中でも特段に濃い1週間だったと思う。
日曜日、吉田達磨は甲府を天皇杯優勝に導いた。次の類似事例を想像する事が難しいほどの困難であり、吉田達磨という監督にとっても、トップディビジョンでは初めての優勝だった。少なくともサッカー人としての彼の歴史の中で、5本の指には確かに入る歓びだったと思う。
しかし火曜日、今季限りでの退任が発表された。天皇杯という快挙の裏で、クラブとして最も重きを置いていたリーグ戦の結果が散々だった事は事実で、前年3位のチームを18位に落としてしまった結果は重い。天皇杯優勝直後ゆえにインパクトはあったが、判断としては致し方ないものだったと言える。ただ──おそらくその通告自体はもう少し前にあったと思うが──天皇杯優勝という喜びの頂点から、成績不振による監督退任というショックの両方を僅か2日の間に味わっていた。
そして同じ日、吉田達磨が最初に名声を得た柏ユース監督時代の、まさしくその主軸と言えて、吉田達磨に「あいつとは関係が深すぎて…」と語ったほどの、自分より遥かに若い男がICUに入ったというリリースが出された。試合は水曜日。推測でしかモノは言えないし、軽はずみに言うことも出来ない。だが、この試合に臨む吉田達磨の心境はどのようなモノだったのだろうか……。


試合後のDAZNのインタビューでのこの言葉が誰に向けられたものかは明白だった。
この時点で吉田達磨が、リリースに出た以上の事を知っていたのかどうかはわからない。だが、決して絶対的な確率ではないとしても、大人であれば「ICUに入った」という事実が、その意味が軽く捉えられるものではない事を誰もが理解している。

このインタビューの後の映像が上記の甲府のYouTubeには収められていた。
そこでは今の仲間と共に、久々で劇的な勝利の喜びを爆発させるように、少しオーバーなほど表現し、歓喜を選手達と分かち合った。そしてその後、自身の仕事としてセットされた会見場で、再び教え子、そして盟友である男への想いに再び言葉を詰まらせる場面もあった。

吉田達磨のこの1週間を取り巻く背景を踏まえた上でこの動画を見た時、吉田達磨という漢の人間くささを見た気がする。アベレージとして、トップチームの監督として芳しい成績はあまり残せていないが、人望や信頼の厚い人物という話はよく聞くし、多くの選手に慕われると言われる所以を垣間見た。

そして同時に、人生の歓びと虚しさと難しさ……そして儚さを強く感じた。
永遠なんてない。絶対的なモノやコトもない。「今を生きろ」なんてよく聞くフレーズだが、結局は今を生きるしか出来ないのが正解なのだろう。終わらせてくれない辛い軌跡がある一方で、予想だにしないほど唐突に途絶える日常の軌跡もある。9月には想像もしていなかった今回のこと、10月の軌跡、そしてこの甲府の動画を見て、改めて人生の難しさと不条理を痛感している。



本当に大嫌いなFWで、本当に素晴らしいストライカーでした。
工藤壮人選手のご冥福をお祈りします。

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