劇団四季『ウィキッド』観劇記
はじめに
先日、大阪四季劇場で上演されている劇団四季の『ウィキッド』を観劇した。数年前から知っていて、いつか必ず見たいと思っていた憧れのミュージカルだったので、ついに見ることが実現して本当に嬉しい。最近何かを見ても文章を書くことができていなかったのに、感動のあまり突然再び言葉が出てくるようになったため、久しぶりに感想を書いてみたいと思う(ありがとう『ウィキッド』…)。観劇してからサウンドトラックを聴き返したり、いろいろな方の感想・解説を目にしつつ考えたこともあるのでそれらも含めて書いてみたい。なお、ネタバレを含むためご注意いただけると幸いである。
『ウィキッド』は『オズの魔法使い』に登場する、"西の悪い魔女"エルファバと"善い魔女"グリンダの二人の視点から描いたミュージカル。正反対の二人の友情を描いたストーリーや数々の名曲などが世界中の人々を魅了してきた。日本では劇団四季で2007年から上演され、2023年には10年ぶりに上演されることになった。
きっかけ
数年間に熱中していたドラマ『Glee』にて、「Defying Gravity」や「For Good」などの劇中の曲がカバーされており、美しい歌詞やメロディーが印象に残っていた。また、Twitterでも『ウィキッド』の強烈なファンがその美しい物語に言及する声を見かけて興味をもち、いつか必ず劇団四季かブロードウェイの公演を見たいと思っていた。
昨年、東京で劇団四季による公演が10年ぶりに行われることを知ったが、あっという間にチケットが完売になり、泣く泣く観劇を諦めることになった。しかし2024年8月から大阪四季劇場での公演が始まっていたことを、9月に入ってから知り、今度こそは!と思っていた。そしてある休日の朝ふと「チケットあるかな…」と思いながらホームページを見ていると注釈付きの席(座席の位置によって舞台の視界が一部さえぎられ、見えない場面がある席)が数枚残っており、少し迷ったがめったにない機会かもと思い、購入することにした。
結果的には見えない部分があることはさほど気にならず、むしろかなり前の席だったのでキャストの表情が良く見えたし、声や音楽も良く聴こえて良い席だった……。初めての『ウィキッド』にとんでもなく心を揺さぶられ、1週間以上経った今でも毎日曲を聴きながらこの物語に思いを馳せている。以下心に残ったシーンや考えたことについて書いてみたい。
心に残ったシーン
オープニング
オープニングは、壮大な音楽とともにステージの上方に鎮座しているドラゴンが動き出し、猿が歯車を回して緞帳を上げるところから始まるが、このオープニングで一気にオズの国の世界に引き込まれた。そしてオズの人々が「悪い魔女」の死を祝い、「善い魔女」グリンダを讃える場面が続く。きらびやかな衣装やキャストの皆さんの歌声も相まって没入感がより強まったように思う。最初から感動で涙が出た。
「自由を求めて」
エルファバがオズの陛下に対抗することを決意する場面。「私よー!!」とエルファバが叫ぶところからの光を浴びて飛び上がる姿にただただ圧倒され、力強い歌声も相まっていつの間にかめちゃくちゃ泣いていた。エルファバが浴びる光が白だけでなくて青とか緑とか、何色にも輝いていたのが印象に残っている。
曲が終わった瞬間は拍手喝采で、そして一幕の終わりでもあり、多くの人が席を立って移動していくのだが、鼻をすする音があちこちから聞こえてきた。
「あなたを忘れない」
以前からよく聞いていた曲だが、物語の中で聴くとより心に響いた。相手のためを思うからこそ別れを選択できる二人の強さを感じる曲。二人がお互いを見つめるさみしそうな、愛おしそうな表情が忘れられない。最近の自分の出来事に重なる部分も少しあり、すごく感情移入して顔をぐしゃぐしゃにして号泣していた。いろいろあったけど自分は人生においてベストな選択をしてきたんだと、自分の人生を肯定してもらえたような気持ちになった。
エンディング
物語の最後はエルファバの死を告げるという最初のシーンに戻るが、同じシーンなのにかなり違って見える。オープニングでは人々からの賛辞を浴びて幸せそうに見えたグリンダが、最後には親友を失いながらも笑顔で気丈に振舞っている悲しいシーンに見えた。物事の結果というのは同じ出来事でも、見る角度・立場によって違って見えるものだと思った。まさにエルファバとフィエロが話していた「物事を違う角度から見ている」を体感できたように思う。次に見る時には結末を知っているので、冒頭が違って見えてくるはず。
完全に感情移入してしまっている状態だったので、カーテンコールでは二人が手を取り、笑顔で出てきて安心した。特にエルファバ役の江畑さんの、笑顔だけど安堵したような、泣きそうな表情が強く心に残っている。江畑さんに限らずキャストの皆さんは一回一回を魂を込めて演じていらっしゃるのだなと思った。
あとで他の方の感想を見たときに、同じ役でも演じる人によって微妙に違って見えたり、キャストの組み合わせでも違って見えたりすることがあるらしいと知った。その日その場限りしかない、ミュージカルならではの体験ができたんだなと思ったと同時に何回も観に行きたい!と思った。
ちなみに私が見た日のキャストさんは下記の通り。コミカルかつパワフルなグリンダを演じた山本さんも素敵でした。
観劇を終えて
二人の魔女の友情やシスターフッドの物語というイメージが強かった『ウィキッド』だったが、それ以外にも善悪、愛、承認欲求、人種差別、群衆心理、政治の腐敗などなど…たくさんのテーマが描かれ、現代社会ともつながる要素が多く、本当に奥が深いミュージカルだと思った。
特に考えさせられたのは「善悪」というテーマ。エルファバは「悪い魔女」とされてしまうが、本人の視点に立って考えると、迫害された動物たちを救いたい、妹のネッサローズやフィエロを助けたいといった、自分の信念や自分にとっての「善」で動いているのであって、必ずしも「悪」と言えるわけではない。グリンダも「善い魔女」とされつつも、誰かに期待される自分でいなければと思いながら生き、結果的にグリンダと決別する運命になってしまう。その人の背景を知ると必ずしも「悪」とは言えないし、誰かのためにと起こした行動が良い結果に結びつくとは限らない。これはその他の登場人物にも言えることのように思えた。それぞれが自分にとっての正義や信念を貫いた結果、「善」だとか「悪」と判断されているに過ぎないのではないか。そもそも人の善悪など判断できるものなのだろうか…。
現実も同じような気がしていて、人と人が対立することがあってもそれは立場や考え方が異なっているだけ、というのは自分の経験上何度かある。
最初は自分の信念を貫き、孤独の道を選んだエルファバに注目していたが、終わってからゆっくり考えてみると、愛されたいと願い、周囲から期待される振る舞いをするグリンダの気持ちも分かるし、何なら自分と一番近い存在かもしれない。
その他にも、オズの魔法使いの「みんなの信じてるものが歴史と呼ばれている」にハッとさせられたり、ネッサローズはどうやっても救われないんだろうか……と思ったり、いろいろと考えさせられた。きっと見る時によって考えることは変わってくるんだろう。
原曲の歌詞を翻訳してみた
あまりの感動でもっと『ウィキッド』のことを知りたいと思い、原曲のブロードウェイ版の歌詞を翻訳してみた。日本語は英語よりも一音ごとの(?)情報量が少なくなるため仕方ないとは思うが、微妙な違いがあった。今回は特に好きな「Defying Gravity」(日本語版:「自由を求めて」)と「For Good」(日本語版:「あなたを忘れない」)を翻訳した。
「Defying Gravity」
二人がお互いに「何をやっているの!?」みたいな感じで言い合うところから始まり、グリンダがエルファバを説得したり、逆にエルファバがグリンダに一緒に来るように頼んだりするが、二人とものその道は選ばず、エルファバは空へ飛び上がり戦う決意をするという流れは共通している。一方で微妙な違いも見られて面白かったので少し紹介したい(なお翻訳素人の筆者が行ったものであまりうまくできてないです…)。
最初の言い合いのところで「I hope you're happy now」(今それであなた幸せなんでしょ!?)と嫌みのようなニュアンスで言っていたのが、後半では「I hope you're happy in the end」(最後には幸せになることを祈ってる)と本当に相手の幸せを祈って歌っていて、相手のことを思う二人の気持ちが伝わった。その前のお互いの選択を尊重するとともに、後悔しないように、そして幸せになるようにと祈る言葉もとても良い。
また、エルファバの人々から後ろ指を指され、抑圧されて生きてきた過去や彼女の孤独さが垣間見える部分もあった。
「すでに失っていた愛を求めても高い代償を支払うだけだ」(要約)というのは強い決意でもあるが、一方で愛され、評価される期待への失望や諦めのようなものも感じる。「一人だけど自由だ、私を抑圧してきた人々にどんなに私が高く飛んだか伝えて」という部分も含め、決意の強さがよりエルファバ孤独を強めていく描写にも思えた。
エルファバの強い意志を感じる曲という印象だったが、一方でエルファバとグリンダの互いを尊重する気持ちや、エルファバの孤独も感じられる曲だとも思った。また社会からの疎外・抑圧に対抗し、高く飛び上がる姿にはものすごくエンパワメントされた。『ウィキッド』がクィア(セクシャルマイノリティを指す言葉)に強い支持を受けているのもうなずける。
「For good」
エルファバとグリンダの別れの歌。日本語版では、エルファバがグリンダに自分の思いを託し、お互いが相手によって変わったことや相手への感謝とずっと忘れないという気持ちを伝える歌との印象を抱いた。英語版でも大意は同じなのだが、詩のような美しい描写や人生について考えさせられる部分があり、より奥が深い曲だと感じた。
風景の描写を通して相手によって自分が変わったことを表す歌詞があり、詩のようで美しい。この部分は「動くもの」と「動かないもの」を、二人に例えていることを下の動画で知り、その緻密さに驚いた。
この部分ではグリンダが「動かないもの(太陽、岩)」(=エルファバ)によって「動くもの(彗星、川)」(=グリンダ)が変わったことを歌い、エルファバが「動くもの(=風、鳥)」によって「(自分だけでは)動かないもの(船、種)」(=エルファバ)が変わったということを歌っているという。明るく活発なグリンダと、思慮深く理知的なグリンダがお互いによって変えられたことが美しく表現されている。
他にも日本語版にはないが、「人の出会いには意味があり、大切なことを学ぶため、成長させてくれる人に導かれ、今度は自分が誰かを助けると聞いたことがある」(要約)という言葉には共感できるし、人生について考えさせられる。また「For good 」には「良い方に」という意味があるが、「永遠に」という意味もあるらしく、ダブルミーニングになっているのも面白い。
あと、「You'll be with me/Like a handprint on my heart」(訳:あなたは私とともにいる/心の中に手形のように深く刻まれているから)というフレーズは、出会いによって変わった自分と、相手との時間・もらった言葉などが自分の一部になるような感覚を的確に表していると思った。
前半にも書いたが自分の最近の出来事と近いものがあり、この曲には特に感情移入してしまった。もし誰かと離れたとしても、その人に教えてもらったことや、過ごした時間は自分の一部になると思う。その人たちのことは忘れなくてもいいし、今まで自分が選んできたことは間違ってなかった、ベストな選択をしてきたんだ、と心から自分を肯定できた。『ウィキッド』を見て、自分が誰かの出会いによって変われたことで、その先続いていく人生が素晴らしいものになると確信できた。この曲は人生の祝福の曲のようにも思える。
おわりに
ずっと憧れてきた『ウィキッド』の観劇は自分にとって最高の体験になった。「For Good」は人生の祝福であると思ったが、私を励まし、再び人生に向かわせてくれる力をくれた『ウィキッド』自体が、それぞれのこれからの人生を祝福してくれる作品になっていると思える。
私を"いい方向に/永遠に"変えてくれた人たちと、そして『ウィキッド』を胸に、また明日から生きていきたい。
※加筆修正あり
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