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シャララ

おはようございます!

私は朝が大好きです

特に夜明けの時間、太陽がまだ登る前の赤と青の空に星や月も見える時

そして、人や車も少ないので、静かで鳥の声や風の音が匂いを堪能できて、厳かな気持ちになります

と、前置きはさておき、今日は私が「むら」の中になぜ施設を作りたいかを一つ一つお話ししたいと思います

全部が数珠繋ぎになっているのですが、まずは「子供」

私の父は短気だったと思います

外ではどうか分からないのですが、家庭内では最悪でした

私が母のお腹にいる時、まだ妊娠6ヶ月の時、父に蹴られたそうです

自分が面白くない事があると殴られたそうです

私も三姉妹の中で一番トロいからか、いつも父の逆鱗に触れ、叩かれました、タマネギやピーマンが食べられなくて、マグロのお寿司が食べられなくて無理やり口に入れられたからか、大人になるまで海苔巻きしか食べられませんでした

昔は簡単に離婚できない、夫に妻は逆らえない、そんな時代背景もあるけれど、今でも、未だに、子供の虐待はあり、悲しいニュースを知るたびに苦しくなります

でも、子供は強い、親じゃなくていい、周りの誰か愛情ある大人がいれば希望が持てるし明るく育つ

私はそう思います、私はそういう大人がいて欲しかったと思うので、自分の為にも、子供が快適に過ごせる場所、安心して暮らせる場所、たくさん笑って遊べる学べる場所を作りたいです


そして、先の話にもあったDV問題ですね

はっきり言って、女性側にも何か0.1%でも問題があるのだと思います

自己肯定感の低さとか、歪んだ愛情です

周りがどんなに止めても、別れない、離れないのは、本人が決断しないからです

でも、逃げ場がなくて、誰も協力者がいなくて、知識がなくて、諦めているのだとしたら、そんな女性の為の施設も作りたいと思います


また、子供と女性をまずは守っていますが、男性も同じです

様々な理由で、悩み苦しみ、誰にも相談できず、自分の中に溜めて溜めて、思い余っている方も多いのではと思うのです


そして、この愛情不足とか、日々の鬱憤とか、上手くいかない事、自分のコントロールできない事を、弱いものにぶつける人と、自分にぶつける人といて、どちらも減らしたいし、どちらも根元は一緒だと思っていて、自分もそうでしたが、愛が足らないからだと

自分で自分を愛することも知らなくて、できなかったからこそ私は不満や不安や心配や恐れや傷つくことでどん底まで落ち込みました

そして、子供や女性だけでなく、障害者や、お年寄り、動物たち、とにかく自分より弱いもの、抵抗できないもの、恐怖の支配が強さであり、勝者であり、成功だと勘違いして、自分を、自分の存在を、自分の命を必死に不安な中で守っている人がいる人をも減らしたいです


私は、恐怖の支配は、時代のせいもあるかもしれないけれど、知識のなさもあると思います

教育は大事です

財産、お金より、知識、道徳の教育です

ものは奪われても、知識は奪われません

また、知識を経験にして、知恵にして、自分の中で応用できるようになれば、何にでも対応できます

自分を愛して、楽しませて、喜ばせて、満たしていれば、誰かや何かと競争するより、一緒に楽しんだ方が、お互いにお得であり、効率的で、生産的で、建設的で、健全で安全安心、共存共栄できると思うのです


「障害者」に関しても、私自身が発達障害者アスペルガーと診断され、その前もその後も様々な問題があり、困難がありました

社会のシステムにも問題ありますが、まずは基本の衣食住、安心して過ごせる場所と仕組み、自分にも必要だし、同じような人にもシェアしたいと思っています

また、発達障害の特性とも言われる繊細さや感受性の高さ、感覚過敏から、においや音、光、触感、味覚や口当たりなどに不快感を感じやすく、自動で排除できないので、我慢しても、無理しても、心や体は正直なので不調が出ます

その為、友達がシックハウスから化学物質過敏症になった時、私の感覚は間違っていなかったんだと確信しました

なった人にしか分からない苦痛です、地獄です、全てが変わります

真面目で責任感の強い友達は、それでもなんとか仕事を続けようとしたり、そのマンションに住んでいました

コロナにしても、癌にしても、みんな怖がりはするし、心配はするのに、なぜ生活を環境を習慣を見直さないのか、変えないのか

とにかく理由は様々だと思いますが、化学物質過敏症になってしまうと本当に全断捨離です、家すらも住めない、眠る事もできない、理解してくれる人も周りにいない事も多いです

生活用品、コンビニやスーパーやホームセンターやショッピングモール、建物も、商品も、お客さんからの臭いも、大丈夫じゃない化学物質に溢れています

また、外に出ても、農薬や殺虫剤や防虫剤や近所の洗濯物からの洗剤や柔軟剤の香料、タバコや排気ガスや、花粉やPM2.5や、工場などから排出されるガスや排水、川からも洗剤やシャンプーの匂い、どこまでも目に見えない化学物質に囲まれて、息ができない状況です

その為、マスクが必須アイテムですが、そのマスクに使われる接着剤や、漂白剤、製造工程で使われる化学物質、パッキングや運送から配達までに着いた化学物質にも反応し不調をきたします

さらに、電磁波過敏症にもなり、もう世の中どうなっているんだと痛感します

眠れない、食べても吐く、皿に着いた少しの洗剤の洗い残しでも喉が痛くなる、お風呂にも塩素臭で入れない、目がチカチカしたり、脳がやられるので記憶力も低下、認知症や精神疾患にも間違われやすいです

ある日、友達と半島の先へドライブをして、海岸を裸足で歩いて、海風が吹いていて、そこでは「頭痛もしないし、呼吸もできて気持ちいい!」と言っていて、久しぶりにリラックスできていると思うと私も嬉しかったです

そして、私も以前から解決したかった、ケミカル問題が友達のおかげで具体化しました

まず化学物質過敏症の方に対応できる施設、場所があれば、動物も、子供も大人も快適になり得ると思っています


また「お年寄り」の施設に関しても、私自身の経験から、じいちゃんが最後は薬漬け、胃瘻(いろう=チューブで直接栄養を送り込む)で骨と皮だけになって亡くなった事、生きているばあちゃんも認知症でもう私の事も忘れそうになっていたり、毎日を楽しめていなかったり、何を提案しても無理って思っていたり、それでも昔の人はやはり強いなと感心します

どんな状況でも、戦争を体験し、もっと貧しい時代を経験し、子供の頃から家事や家の仕事の手伝いも兄弟の面倒をみるのも当たり前で、おやつなどなく、自然の中から旬の食べられるものを食べて、野を駆け山を駆け、海で潜り、川で魚を捕まえる、だからこそ丈夫で、豊かな自然に恵まれていたからこそ収穫できたものもあるなと思います

それから、私の母親に関して、私は絶対に介護できないし、したくないので、施設に入って欲しいと思っています

相性の不一致といいますか、私は母が可哀想だと子供の頃は思っていました

小学生くらいまではとても良い子でした

父に私が怒られるのをかばう度に怒りの穂先が母へ行き、申し訳ないと思っていたからです

変な子供です

悪いのは父なのに

そんな事も分からず、健気に母に優しくして、勉強もちゃんとして、お手伝いもしていました

が、中学生の思春期では、今まで隠していた本性なのか、理由なき反抗なのか、どんどん母がウザくなりました

心配性で過干渉で、一人で料理しようとしてるのに、横から口を挟み、手を出し仕上げてしまうし、帰りが遅いと外に出て迎えに来る感じとか、私が何も言わないから余計になのでしょうが、じーっと観察してくるのが気持ち悪くて、触られるのも嫌でした

そんな私でもグレきれず、暴れたり、暴言吐いたり、自分の感情を出す事ができないというより、出し方を知らないし、母の「心臓がドカドカする」という言葉に縛られ、嫌いだけれど死んだらどうしようって気持ちで、中途半端にここまで来ています

そんな中でも、感謝をしているし、一人の人として、幸せになって欲しいし、友達も多いので、施設で自分の部屋があって、自由に行動できたりすれば快適な生活なのではと思うので、母の為にも「お年寄りの施設」も作りたいのです


大好きな宮崎駿さんの構想を借りて、「崖の上のポニョ」の世界観最高です

高台に暮らし、海と街を眺められ、老人と子供の施設があって、お互いがお互いに良い刺激を与えられる

そこに、さらに女性も男性も、障害者も化学物質過敏症の方も、動物も


私の中では動物の占める割合高めなので、動物嫌いな人は入れないかもしれません

なぜなら動物が快適な暮らしや環境が人間にも快適だと思うからです

細かい部分は違うと思いますが、自然や四季に沿って生きる、シンプルに食の恵みを感謝して楽しんで頂き、そこに棲む生き物と共存しながら生きる


長くなりましたが、お読みいただき誠に誠に有難うございました!


一人じゃできない、生きられない、生きてこられなかったと思うので、たくさんの同じ考えの方と協力し、作り上げていこうと思います


それでは今日もどうかお幸せに

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