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日産童話と絵本のグランプリ 童話大賞『木箱の蝶』が絵本になるまで

絵本『木箱の蝶』ができるまで

絵本『木箱の蝶』

お父さんの部屋から、ハタリと音がした──。「ぼく」は、夕日に染まるお父さんの部屋で、小さな木箱をみつけます。中に入っていたのは、1枚だけの蝶の羽。やってきたお父さんは、大好きだった蝶の羽を大切にしまっているんだと教えてくれました。その夜、さびしそうに故郷の山をみつめる蝶の夢をみた「ぼく」は、翌朝、画用紙と絵の具を用意して、蝶の仲間を作りはじめます。「ひとりきりでさびしいと思うんだ。だから、ぼくが仲間を作るんだよ」。
「ぼく」の優しさやお父さんの思いが、切なくあたたかく胸に迫ります。

木箱の蝶』(文/藪口莉那 絵/横須賀香)BL出版

わくわくするように、優しい表情で木箱をのぞく男の子の表紙が印象的なこちらの絵本。第38回「日産 童話と絵本のグランプリ」童話大賞受賞作『木箱の蝶』です。
絵本ができるまでって、いろんな流れがありますが、今回は「文章」で表現された物語が「絵本」になるまでについて、書かせていただきたいと思います。受賞された藪口さんや、絵本になるにあたって美しくあたたかな絵をつけてくださった横須賀さんから、たくさんおはなしを伺いました!

藪口 莉那(やぶぐち まりな)
兵庫県出身。大阪大学大学院修了。日産 童話と絵本のグランプリ第36回優秀賞、第37回佳作受賞。第15回「文芸思潮」エッセイ賞優秀賞、2008年もちろん奇妙にこわい話優秀作に選ばれる。静岡県在住。

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横須賀 香(よこすか かおり)
東京都出身。東京藝術大学日本画科卒業、同大学院絵画科修了。『ちかしつのなかで』で第32回日産 童話と絵本のグランプリ大賞を受賞。絵本に『ぼく、こわかったんだ』(BL出版)などがある。埼玉県在住。

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◆物語のこと

「童話作品」として大賞を受賞した『木箱の蝶』は、情景の描写が映像で見るように鮮やかな作品でした。作中のやわらかなオノマトペも耳に残ります。そんな『木箱の蝶』を絵本にするにあたって、作品の良さをなくすことなく絵本作品にするために、藪口さんとはたくさん打ち合わせをさせていただきました。そうして絵本制作をすすめる中で、藪口さんが感じられたことをお伺いしました。


絵本制作のはなし──藪口莉那

この度、絵本を作る機会をいただいて、文章だけで物語を深く表現することを心がけてきた私は、はじめて絵本を意識した文章について考えることになりました。
絵本とは、文章とそこに書かれた場面を描いた絵をただセットにしたものなのか。文章と絵はお互い独立したものなのか。そうではありません。
文章と絵が複雑に絡み、お互いを尊重しながら寄り添いあうことで、各々だけでは表現できない鮮やかな物語の世界がぱちんと弾けるのです。それは絵本でしか表現できない面白さ、美しさだと、『木箱の蝶』の制作が終わった今、強く感じています。

『木箱の蝶』を絵本にする中で、細かなところまで文章に書き過ぎている、というご指摘を何度かいただきました。はじめのうち、私はその意味をよく理解できませんでした。物語の輪郭を明確にするために、書けることはすべて言葉で表現する必要があると考えていたからです。「書き過ぎている」部分を減らすために気に入った文章のいくつかを削る話が出た時は、表現を見直して、少しでも元の文章を残せないかと夜遅くまで考えたりもしました。

ですが、横須賀さんのラフ画を拝見した時、その意味を肌で感じました。のびやかな灰色の線で描かれたラフ画は鮮やかで、その中に置かれた自分の文章を読んだ時、「木箱の蝶」がふわりと立ち上がる気配を感じたのです。物語の世界が深みを増し、大きく呼吸をしたようでした。

横須賀さんの『木箱の蝶』ラフ画とメモ

打ち合わせで、編集者さんに「文章で全てを語りきるのではなく、文章に書かないことを絵に描き、絵に描かないことを文章に書くことで、絵本独特の表現ができます」とお話しいただきました。その言葉に初めて、自分の感じた感覚が、文章と絵の調和によるものだと気がつきました。

その後、私はたくさんの方にご意見をいただきながら、握りしめていた元の文章を絵との呼吸を意識して変えていきました。修正をくり返すうちに、登場人物はいきいきと動きだし、物語は私の想像を超えて広がりました。そして、横須賀さんから完成した絵をいただいたとき、『木箱の蝶』は、自由に、どこまでも遠く飛べるのだと強く感じました。この文章と絵の織りなす絵本独特の世界観の広がりは、本当に眩しく、自由で面白く、文章一辺倒になりがちだった私にとっていちばん大きな気付きだったと思います。

完成した絵本の見開き
(時代などのことも考慮し、ラフよりも蝶の数が減っています)

ほかにも、学んだことはたくさんありました。登場人物の動作のひとつひとつが本当にその人物の性格にふさわしいかを考えたり、いちばんしっくりくる文章のリズムを探したり。絵本の場合は読み聞かせのしやすさも重要だとご指摘をいただいた時は目から鱗で、慌てて自分で文章を音読してレコーダーに録音し、聞きやすさ、読みやすさを何度も確認しながら修正を行いました。1ページあたりの文章が短いので、ページ内で同じ単語をあまりくり返し使うと耳触りが悪いことを、初めて知りました。ほんの一文を次のページに持っていくだけで、ページの雰囲気がずいぶん変わるということも、ページごとの文章の振りわけを自分で考えたことで、実感しました。

本当に、たくさんの経験をさせていただきました。悩みながらも毎日が気付きの連続で、絵本について考える時間は、時がたつのを忘れるほど楽しかったです。こうして夢中で作った『木箱の蝶』が、いよいよみなさんに読んでいただけると思うと、嬉しくて仕方がありません。鮮やかなこの物語を、たくさんの方に楽しんでいただきたいと思います。また、その際、文章と絵がそれぞれのページでお互いにどんな役割を果たし、表現をわけあっているのかを意識して読んでいただいても、きっと面白いのではないかなと思います。


◆絵のこと

受賞作品『木箱の蝶』の制作をすすめるにあたり、まず「どの作家さんに絵をお願いするか」ということを検討しました。初回の打ち合わせの際、迷うことなく満場一致で横須賀さんに依頼することが決まり、晴れてお引き受けいただくはこびとなりました。

光の描き方がとても美しく、あたたかく奥行きがある横須賀さんの絵がどのように描かれるのか、横須賀さんから制作の様子を伺いました。


「光」について

驚いたのは、一場面を描くために、何度も実験や検証を重ねて、リアルに忠実に描いておられることでした。
『木箱の蝶』は、物語に描かれていない部分の設定も細やかに考えられていたので、藪口さんのイメージを横須賀さんにお伝えし、そこから物語の舞台を考えていただきました。

光があたる「お父さんの部屋」の模型

横須賀さんいわく「見てみないとわからないから」とのことでしたが、それにしても本格的です。『木箱の蝶』は、現実と空想がまざりあったストーリーになっているので、こうして現実風景の描写がリアルに描かれているからこそ、幻想的な場面がより美しく感じられるのではないかと思います。

絵本で描かれた「お父さんの部屋」

物語では、夕日がひとつのキーワードになっています。
絵本でも、夕日の光を美しく表現してくださっていて、下記も、横須賀さんが絵本の中の場面を描くためにシュミレーションされた際の写真です。どの場面だかわかりますか? ぜひ、絵本でたしかめてみてくださいね!(すぐにわかりますよ!)

夕日シュミレーション①
夕日シュミレーション②


「配置」について

絵の構図などについては、ほぼ横須賀さんにお任せして検討していただきました。打ち合わせをすすめる中で、文章や全体のバランスをみて調整していただき、最終的な構図を決定しました。

表紙については、おおまかなイメージをお伝えして制作いただきましたが、白抜きの蝶が舞う構図は横須賀さんのアイデアです。表紙から蝶が飛びたっていきそうな広がりを感じます。
表紙全体にはらはらと舞う蝶たちも、検討を重ね、バランスを吟味した上で配置が決められています。すごい数の検討資料ですね。この中から、横須賀さんが選んだ一案をお送りいただきました。華やかなのに落ち着いた印象の絶妙なバランスは、横須賀さんのご検討のたまものです。

蝶の配置検討の様子


「色」について

物語では、色も重要なキーワードです。文章で書かないよう変更した箇所も多く、その分、絵でとても丁寧に描いていただいています。

カラーチップでの蝶の配色検討
蝶の羽や床に落ちる影の検証

特に、オレンジ色は、夕日や蝶の色などとても重要な色として登場します。使う色は、カラーチップという色見本を使って検討されています。「オレンジ色」を表現するためにたくさんの色を使っているんですね。
どちらかというと落ち着いたトーンのページですが、光のあたり具合などによっても色の見え方が変わるので、複雑かつ自然にオレンジ色を表現してくださっています。

物語のなかでも、「ぼく」とお父さんがオレンジ色を作りだしている様子が描かれています。横須賀さんもお気に入りだというこちらのシーンです。

絵本『木箱の蝶』の一場面

パレットには、ふたりが懸命に考えたたくさんのオレンジ色が広がっています。絵本の色校正の際には、横須賀さんにも立ち会っていただいて印刷所さんと打合せを行い、その際にもこのページのオレンジ色の表現については丁寧に説明をされていました。
「ふたりが試行錯誤をくりかえして色を作っているシーンなので、パレットにのるいろんなオレンジ色は、微妙な色合いの違いもできるだけ表現してほしい」と、文章に書かれたふたりの様子に絵で奥行きを出してくださいました。(もちろん、印刷所さんもしっかり応えてくださいました!)

色校正の様子

また、美しい色と想像力を合わせた表現方法だと感じたのが、1ページ目の蝶の羽音を表現した絵です。

横須賀さんのラフとメモ

最初にラフをいただいた際に、蝶の影がおちる表現が想像をふくらませ、
「ぼく」と一緒に部屋の中をのぞくような気持ちにさせてくれるなと感じたのですが、カラーがまたひときわ美しくて感動しました。

「蝶の影」色検討の様子

実際に採用された蝶がどこにいるのかは絵本でご確認いただくとして、この美しい蝶たち、みんな「影」として描かれています。幻想的な物語にいざなってくれる案内役として、これ以上ない色合いです。

単純に美しいというのももちろんなのですが、「ひときわ美しく見える」というのにも理由があるようです。横須賀さんいわく、
「つづく見開きがオレンジ色の夕日に染まる部屋のシーンなので、その前のページである“扉の蝶”には、オレンジの補色※である青を選びました。ページをめくった時のコントラストを大きくして、印象的に物語を始めたかったからです」(※互いがより鮮やかに見えるような組み合わせの色のこと)
とのことでした。まんまと横須賀さんの術中にはまってしまったみたいです。
このように、ストーリーの流れに沿って視覚効果を盛りこんだり、配色を考えたりしています。物語と同じように、絵も、1ページのみで完結するのではなく、始まりから終わりまでつながって、ひとつの作品になっているんですね。


◆さいごに

まだまだお伝えしたいことやお気に入りのページなどもあるのですが、絵本『木箱の蝶』、ぜひ実際に読んで、みなさまご自身でいろんなことを感じていただけたら嬉しいです。

さいごに、藪口さんから読者のみなさまへのメッセージをご紹介します。


読者の方へ

『木箱の蝶』は、ふと目にしたウスイロヒョウモンモドキの映像から生まれました。オミナエシの葉の上を一匹きりで飛ぶ様子は心もとなく、しかしその緩やかな羽ばたきの奥に確かな生命の輝きがありました。あまりにも儚いこの小さな蝶が、楽しく、力強く飛んでいられる世界を作りたい、という思いが湧きあがり、この物語を作りました。

蝶とイチ子は、私たち人間の言葉こそ話しませんが、意志を持ち、自分たちの言葉で思いを伝えます。沢山のオノマトペの中で、蝶やイチ子の言葉にあたるものだけは、やわらかく浮かびあがるように片仮名で表記しました。異なる言葉を交わしあったぼくと蝶、そしてイチ子は、共に鮮やかな夕暮れ時を迎えます。

ぼくの元を旅立ち、私たちの手を離れた蝶たちが、この絵本を手にとってくださった方々の心の中をどこまでも、いつまでも、自由に飛びつづけますように。
 
藪口莉那


木箱の蝶

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