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22 ちび竜と わたし

竜神様なんていうから、どんなおっかない姿かと思うでしょう?
わたしの竜神様は、右手に乗るほどのちびっこ、ちび竜

「どんな立派な竜神も、最初はみんな、ちっちゃいんだ」
小さなうろこをカチカチ振るわせて、ちび竜は、言う

こころがふわふわして、どうにも落ち着かない、春の日
夕陽も届かないエニシダの茂みに
うんとちいさく、まるくなって震えていたのを、
見つけたの、わたし

今朝から香取さまのお手水のぐあいが良くないって
おとなたちがさわぐから
わたし、あなたがどこから来たのか、すぐにピインときたのよ

けさからお手水に竜がいないこと
おとなたちは気がつかないで
ポンプの掃除だの
パイプの交換だのって、たいそうなさわぎよ

逃げてきたのさ。
年中じっとしていたら、石の竜になってしまうよ

しかしさあ、ばっかだよなあ
あのひとたちは、お手水に竜がいたことだって 気が付かないんだから!
そう言う、ちび竜は、少し泣きそうだった

右手にそっと、ちび竜を握って
握った右手を ポッケに入れて
さあ いっしょに、かせんじきに行きましょう
ひみつの きちを 見せてあげる

川原の馬頭観音様の後ろにある、桜の木
その、後ろにある、おおきなうろ
ここは、わたしと あなたしか知らない ひみつきちよ

ようこそ、
まずはれんげの甘いみつと、去年のうちに拾っておいた、どんぐりを どうぞ
それから、わたしのだいすきな、うさちゃんのおはなしを、読んであげます

ちび竜は目をまん丸にして、耳をくるくる動かしながら、わたしの話を聞いていたの。「ぼく、初めて見るよ、これ」
うさちゃんの、白くて長い耳が、すごく気に入ったみたいよ
小さな、わたしだけの、おともだち。秘密の基地で、初めて探しをして
遊びましょう。

金色に光る、花のお皿
長い長い、野茨のつる
お日様にかざすと七色に輝く、小さな巻き貝
鳥の巣、木苺の実、モンシロチョウの真っ白い玉子
それから。それから。

夕暮れが近づくと、ちび竜はこう言った
知っているよ。ここがほかの女の子の秘密基地だったことも。その子の前にも、ほかの子が、ぼくを、ここにつれてきた。
まったく君たちといったら、あっという間に大きくなって、女の子からお姉さんになって、お母さんになって、お婆さんになって、いつの間にか居なくなってしまう。
また遊ぼうね!なんて約束しても、ようやく仲良くなれたと思ったら、お別れなのさ。君も同じ。だからぼくは、またね、なんてぜったいに言わないし、
次の約束なんて、ぜったいにしない。

ぼくはぼくで、いろいろあるしね。
香取さまにみつかれば、またお手水に結ばれるまでさ。
ぼくがいないと、困るからねえ。

それを聞いて、私はよく分からないけど、なんだかとても悲しくなったの

夕焼けこやけのチャイムが鳴って、いよいよおうちに帰る時間になったわ

強がりで、大人ぶって、さみしがり屋のちび竜
秘密のきちで、待っていてね

あなたが約束してくれなくても、
私はきっと、
明日も、明後日も、
ここに、あなたに、会いに来る

空を飛べるその日まで
一緒に遊んで待ちましょう

夕方と夜のすきまの空に、ひとつ、ふたつ、みっつ、いっぱい。
増えていく星を数えていたら、大きな大きな、白い龍が、空いっぱいに通りすぎた。

鱗についた野茨の花びらが、ふわふわひらひら落ちてきて、

わたし分かったの

すごくすごく長い時間も

あっという間

すごく小さいって、すごく大きいことなんだ

ってね

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