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ゆめバス

ストロベリームーンの明かりを頼りに走るのは、星々を廻る巡回バスだ。今夜は、ゆめバスツアーの晩。会いたい人の夢を訪ねる、特別な夜の遠足なんだ。

キリンの星で乗り込んで来たのは、子どものキリン、ジルだった。
まちの小さな動物園で、初めて生まれたキリンの赤ちゃん。それはそれは大事にされていたんだけれど、ひどく冷え込んだ冬の朝、ジルは凍えて死んでしまった。
誰よりジルを可愛がっていた飼育員のヤマシナさんは、ジルの首にしがみついて、ボロボロ涙をこぼしたんだ。

熊の星で、破けた耳を気にしながら乗り込んで来たのは、ぬいぐるみのベッキー。
赤ちゃんの頃からいつも一緒だったタマちゃんは、ベッキーがいないと眠れない甘えん坊だ。なのに、タマちゃん家族が引っ越す日、たくさんのごみに紛れてしまったベッキーと、離ればなれになってしまった。タマちゃんは泣きながらベッキーを探したけれど、もう、誰にも、どうしようもなかった。

地球の停留所にいたのは、あれ?小学生のゆかりちゃんが、眠ったまま、一人きりで乗ってきた。
「地球の子は、夢をみたまま、乗らないといけないんだ」
じいさん猫の運転手が得意気に言った。この子は、何処へ行くのかな。

ヤマシナさんの家に着くと、ちびキリンのジルは、そっと枕元に頭を寄せた。ヤマシナさんはびっくり目を丸くしたけど、すぐにいつもの優しい声で、ジルの頭を撫でながら、なんどもなんども謝った。
「飼育室を十分に暖めてあげなかった自分のせいだ。ごめんよ。ごめんよ、かわいそうな坊や。」
「そうじゃないよ。ぼくがうっかり、暖かい部屋から出てしまったんだ。いつもいつも、優しくしてくれて、ありがとう。だからもう、悲しまないで。さようなら、ヤマシナさん。」

次にバスが停まったのは、タマちゃんの新しい家の前だ。少し大人びた顔になって、すやすや眠るタマちゃんを見て、思わずベッキーは枕もとに飛び込んだ。タマちゃんは少し不思議そうな顔をしたけど、ベッキーと気付いたとたんに、やっぱり泣き出してしまった。
「ベッキー!置いてきぼりにして、ほんとにほんとに、ごめんなさい。寂しかったね。悲しかったね。」
「タマちゃん、ぼくはタマちゃんと一緒に遊んだり夢を見たり、毎日とても楽しかった。仲良くしてくれてありがとうって、そう言いたくて来たんだよ。ぼくは大丈夫だから、元気でね、泣きむしタマちゃん。」

バスは海岸沿いのでこぼこ道を走って、走って、小さな港に着いた。
ゆかりちゃんは、夢を見たままバスから降りると、真っ暗い海に向かって大声で呼んだ。
「お母さん。お母さん」
十年前の津波の日、ゆかりちゃんのお母さんは、この港から、流された。
赤ちゃんだったゆかりちゃんは、お母さんを写真でしか、知らない。
だから一生懸命お願いして、今夜のバスで特別に、お母さんの居る海に連れて来てもらったんだ。
お母さんは、バスが着くずいぶん前から、ゆかりちゃんを待っていたよ。
「ゆかりちゃん。あなたを置いて行ってしまって、ごめんね。あなたが大人になるのを、側で見てあげられなくて、ごめんね。ちゃんとお勉強しているの?お友だちとは、仲良くしているの?」
「心配ないのよ、お母さん。お父さんとおばあちゃんと、元気にしているから大丈夫。今日だって一人で考えて、ひとりで会いに来たの。立派なもんだと、思わない?」
「そうだそうだ!えらいぞゆかりちゃん。」
バスの窓から皆が声を掛けた。
お母さんがにっこり笑ってお辞儀をすると、海に光の道ができた。
「ここを通って帰ります。これからも、ゆかりを、宜しくお願いします。」
きらきらひかる、月の道。きらきらひかる、お母さん……

じいさん猫のしゃがれた声が、ゆかりちゃんを呼びもどす。
「少し泣いたら、出発だ。まだまだ、次が、あるんだからね。」

さよならを言えなかったキリン、ありがとうを言えなかったぬいぐるみ、会えなくなった、お母さん。それから、それから。

伝われ、伝われ。ぼくらのきもち。曇った心は星空になれ。

帰りのバスはみんな笑顔。

幾千万の思いを乗せて、銀河を走るゆめバスは、今夜も満員御礼だ。

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