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小さな物語。

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掌編・短編集。
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2019年1月の記事一覧

そこにみえるもの

そこにみえるもの

 ときおり鏡に映る十五歳の俺が、大人になった俺をののしる。
「無精ひげなんか似合わないよ。かっこわる」
 休憩時間に、店内の個室トイレに入ったら、洗面台の鏡にいた十五歳の俺が、そう今の俺を侮辱した。十五歳の俺は、胸元まである髪を片手で梳きながら、俺を見てうすく笑った。無精ひげをつくったのは、ただ単に毎日シェイバーで剃るのが面倒であっただけで、決してかっこよくみせようなどという意図はない。だから俺は

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空想少女

空想少女

 去年の夏頃から田中先輩とつきあっている。つきあう以前から、わたしは田中先輩に憧れを抱いていたのだけれど、なかなか声をかけられなかった。でもそれは田中先輩も同じだったようだ。渡り廊下や、昇降口や、駐輪場でふいにすれ違うわたしをみて、田中先輩は、わたしのことをいいな、と思っていたといっている。どこが良かったの? と聞くと、うーん、と考え巡らしてからのち、にこっと笑い「優しい雰囲気」といった。
 田中

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やすらかに眠りなさい

やすらかに眠りなさい

 離さないで、と浩一はいった。少し怯えた声で、離さないで、と強くいった。
 眠る間際になると、いつも浩一は不安がった。私がベッドから離れようとすると、浩一はびくりと身体をふるわせて、私の腕を引っ張った。どこにいくの? 行為のあとだから、なおさら、浩一は不安になるらしかった。
 どこにもいかないよ、ただ水を飲むだけ。そう答えて、ようやく浩一の顔が少し緩んだ。すぐ戻ってきてね、と浩一はいう。でもその声

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家族写真

家族写真

 歯を磨いていると、リビングからお母さんのせわしない声が響いてきた。ゆうこ、まだ磨いているのー? まったく、こんな日に限って時間かけるんだから。そういうお母さんは私がこんなにも憂鬱になっていることをしらない。
「いま、ゆすぐから」
 つい尖った声がでる。口をゆすいでも、舌にはキシリトールの味が残る。こんな状態で食べ物を前にすると、いつも食欲が減退する。だから、コンテストに落ち、さらに決定的な失恋し

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