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落ちぶれた店舗を急成長させてトップ店舗になった話

この話は東京へ上京直後のアルバイト時代の話で、以下のようなことが書かれています。

  • 携帯販売のアルバイトとしての成長禄

  • 店舗立て直しの一例

  • 携帯普及期の業界裏話

  • 問題スタッフとのドラマ

  • トップ店舗を作り上げた手法についての解説

あなたは誰? という方は最初にこちらの記事をお読みください。

本編

私は上京してすぐに自宅近くの携帯ショップのアルバイトとして働き始めました。
エンタメ施設での接客経験はあるものの携帯電話販売は初めてです。

多少の不安を抱えながら初出社をすると、まだ薄暗い店内のカウンターに一人の妊婦さんと若い男性が座ってるのが見えました。
二人への挨拶を交わして自己紹介をしたところ、妊婦さんの方が店長だということと、今後この三人でお店を回していくということを教えてもらいました。
しばらく談笑してると、時計を確認した男性がスッと立ち上がります。
「開店準備しようか」と言われ、最初の仕事である開店準備が始まりました。

お店のシャッターを上げ、展示品やのぼり(宣伝用の旗)を男性に言われるがまま設置していきます。
開店準備が終わると男性は働く上で必要なことを説明しはじめ、その後店長へとレクチャーが引き継がれました。
店長からの最初の指導はお客さんへの声掛けで、かなり説明がアバウトな感じでした。

「いらっしゃいませって声を掛けて、お客さんから何か聞かれたら答えて。とりあえず、最初は私がやっているところを見せるから次からはお願いね」

いきなり実践? 何をどう答えるの?
といった疑問と不安が一気に押し寄せましたが、新人なので口には出しません。
しばらくすると朝一番のお客さんが現れ、「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」と店長が声を掛けました。
一言二言のやりとりで帰っていくお客さんの姿を見て分かったのは、全く参考にならないということでした。

明らかに情報不足とはいえ順番は順番です。
次のお客さんは私が相手しなくてはいけません。
幸いなことに小さな店舗で繁華街のように人が多いわけではなかったので、いつ次のお客さんが来店するか分からないことが救いでした。
ですが、次のお客さんが来るまでは緊張と不安が続くという苦しさもあります。

30分ほどが経ち、「お客さん来ないね」とボヤく店長。
その呟きに苦笑いしていると、少し遠くからお店へと向かって歩いてくるお客さんらしき人が見えました。
ただの通行人でありますように、という私の願いは見事に裏切られ、お客さんが店内へと入っていきます。
携帯の見本を眺めているお客さんに緊張しながら話し掛けます。

「いらっしゃいませ」

「……」

「何かお探しですか?」

「……」

唯一参考になった店長の声掛けをパクってみましたが、お客さんは無反応です。
そんな状況に困りつつ店長や男性スタッフに目線をやると、二人はニヤニヤしながら「もっと喋り掛けろ」というジェスチャーを送ってました。
そんなこと言われても……という状態の私は、お客さんとの気まずい沈黙に耐えることしかできません。
しばらくするとお客さんの方から質問が飛んできました。

「最近のオススメ機種ってなんですか?」

「オススメですか、えっと……」

適当に答えることで無事にその場を凌ぎ、満足したお客さんはパンフレットを貰って帰っていきました。
お客さんが帰った瞬間、店長と男性スタッフは嬉しそうに私に声を掛けてきます。

「初接客どうだった? 質問受けてたよね。きちんと答えるためにはパンフレットの熟読が必要だから読んでおいて」

「わかりました……」

「あと接客業の適性はあると思うよ。新人さんの場合、全く喋れない人ってのも多いからね」

こんな感じで店長の教え方は、段階を踏んだものではなく超実践のスパルタ方式でした。
それからは接客の経験値を稼ぐという意味もあって、全てのお客さんに対して声掛けするように指示を受けました。
接客中に分からないことや疑問点があれば、随時店長や先輩に聞くというスタイルです。
初日ということもあって私の接客で直接契約に繋がったお客さんはいませんでしたが、アシスト役としては十分機能したらしく、結果的に数件の契約へと繋がりました。

二日目は契約手続きに関する指導です。
店長の教え方は初日とは違って丁寧モードへと切り替わってました。
店長は二色の蛍光マーカーを使って未記入の契約書に枠を書いていきます。

「ここがお客さんに記入してもらうところ、ここが私達販売員が記入するところ。ここは登録センターの人達が記入するところだから何も書いちゃダメ。分かった?」

「分かりました」

「オッケー。もう一枚契約書出して本番みたいにやってみようか。まずは私がお客さん役をやるからね」

「分かりました」

こんな感じで店長を相手に契約手続きの予習を始め、契約業務の流れを把握していきました。

「よし、次は逆ね。私が販売員役をするからお客さん役をお願い」

「分かりました」

契約書のお客さん記入欄を埋めると店長がさらりと次の言葉を投げかけてきました。

「どうする? このまま登録センターにFAXしたら契約できちゃうけど?」

「え?」

「え?」

「冗談ですよね?」

「いや本気だよ。私なんか4回線持ってるよ」

「いや……それはちょっと……」

「って冗談だよ。でも、この仕事を続けていたら複数回線持つことになると思うよ」

そんな怖いやり取りをしながら契約手続きのレクチャーが終わりました。
その後は初日と同じで契約業務の実践です。
先輩や上司の監視下で契約業務を複数回こなし、二日目も問題なく終わりました。

勤務三日目には、接客と契約を一気通貫でこなすことになりました。
自分一人の力で契約へと漕ぎつけたのもこの日になります。
「もう一人前だね」と店長から言われ、次の日からは平日は二人体制で休日は三人体制となることを告げられました。
晴れて店長から戦力と認められることになったわけです。
店長曰く、遅くても二週間でスタッフとして育つとのことで、逆にそれ以上掛かる人は適性がないと厳しい目で語っていました。

早ければ数日でスタッフを働き手として揃えることができる。
それが求人票に未経験可と書かれていた理由だということを、この経験で知ったわけです。

そんなこんなで3ヵ月程が経ち、突然エリアマネージャーから店舗異動の打診を受けました。
自宅から徒歩1分という激近の店舗から電車で40分のところへの異動して欲しいという内容で、店長は私の異動を了承をしているとのこと。
異動先の店は営業成績が落ち込んでいる店舗で、任せていた社員が辞めて人員が不足しているという状況のようです。
異動するかしないかの判断は私に委ねられていましたが、違う店舗を見ることも勉強になると思ったのと、周りの期待に応えたいという二つの理由でその話を受けました。

新しい店舗の勤務初日、出勤時間の30分前に到着してお店の前で待機してましたが、出勤時間を過ぎても誰も現れません。
エリアマネージャーに電話をしてもコール音のみという状況です。
やっと電話がつながり、状況を説明しましたが「まじか……そのまま待っておいて」とだけ言われて放置状態です。
出勤時間は開店時刻ではありません。
開店時刻にはまだ余裕はあると言っても残り10分でタイムリミットです。

開店時刻を過ぎようとしたとき、色黒で高身長の男性がゆっくりとこちらへと向かってくるのが見えました。
「ごめんね、お店に入ろうか」と声を掛けられ、十分な挨拶もできないまま、その男性とお店の裏口へ移動しました。
扉を開けるとお店のバックヤードへと入ると「バックヤードきたねぇな……」という色黒男性のぼやきが聞こえてきます。
ゴミゴミしたバックヤードを抜けて売り場へと移動し、男性と一緒に開店準備に取り掛かりました。

開店準備を終わらせて男性と改めて挨拶を交わします。
その結果、次のことを知ることが出来ました。

  • この男性は私と同じように補填要員として配属された人で、この店の店長を任されている

  • 4人のアルバイトでお店を回す

  • この場にいない残りの2名は数ヶ月前からこの店舗で勤務していて、午後から出勤してくる

また追加情報として、エリアマネージャーからこの店舗の成績不振を何とかしてほしいと言われているらしく、最初はそれを断ったそうです。
ですが、新人を一人補充するから一緒に立て直して欲しいと懇願され、異動を了承したとのことでした。
つまり新人として補充されたのが私ということです。

「二人が出勤する午後までに店の掃除をしよう」という店長の指示で一緒に掃除を始め、埃との闘いが始まりました。
売り場に無造作に置いてあったパンフレットや販促品の段ボールを全てバックヤードへと移動させ、埃をかぶった携帯電話の見本機(モック)を雑巾で拭き上げます。
そうこうしているうちに午後出勤の二人との初顔合わせの時間となりました。

チャラついた格好の若い男性がバックヤードへと入ってきて、軽い感じで挨拶を交わします。
しばらくすると同じくチャラついた格好の若い女性が入ってきました。
24歳男性Yはフリーター、23歳女性Mはプロダンサーで本業のダンサーでは稼げないのでアルバイトをしているとのこと。
店長は彼らにバックヤードの片づけを指示し、店長と私はお昼休憩を取ることにしました。

異動初日ということもあって、昼食は店長と一緒に行くことになり、その会話はやはり仕事のことになりました。
店長はYとMと面識があるようで、半年ほど前に退職済みの正社員の元店長、店長、YとMの4人で今の店舗を回していたそうです。
店長が別店舗に異動になってから急激にお店の営業成績が悪くなったらしく、しきりに「あいつらはダメなんだよな……」と店長がボヤいてました。
ほぼ会話をしていない二人がどれだけ酷いかは私には理解できません。
ただ、店長からの話を聞いてしまったので、この店舗で上手くやっていけるか分からないという不安が残りました。

そんなモヤモヤした気持ちでお昼休憩が終わり、店長と二人でお店へと戻ります。
お店の前まで戻ってきた時、店長から「こっそり行って二人を脅かそうか?」と言われ、返答に困っていると店長が忍び足でバックヤードへと向かい始めました。
距離を取りつつ店長の後をついていくと、バックヤードには信じられない状況が待っていたんです。
そこには店長が片づけを指示したのにもかかわらず、全く片付けもせずにバックヤードでタバコを吸って談笑している二人がいました。

「お前ら何やってんだよ……全然片づけてないじゃん……」という店長の言葉に笑いながら「これ吸い終わったらやろうって言ってたんですよ」と返すY。
そのYの言い訳に「そうそう」と同意するM。
そのやりとりをみて思ったのは、楽して給料をもらうという言葉はこういう人達のためにあるんだということでした。
業務が終わりに差し掛かったころ、店長から外へと連れ出され、こう言われました。

「ごめんな。わるいやつらじゃないんだけど、頑張って一緒にやっていこう。明日からもよろしく頼むよ」

そこから数日が経っても彼らが頑張るのは店長の前だけです。
しかも、その頑張りも仕事とは思えないもので、接客態度に気怠さが出ていました。
店長がいない日に至っては、売り場にお客さんがいてもバックヤードにいるという始末です。
自分たちがサボるだけならまだ分かりますが、私に対して一緒にサボろうと何度も勧めてくるわけです。
メインのスタッフがこんな状態では、お店の契約数が落ちるのは必然としか言えません。
彼らに原因があってそうなったのか、退職した社員の方に毒されたのか分かりませんが、少なくとも私のような新人は先輩スタッフがそんな状況だと一緒に腐る可能性があります。

とはいっても、後輩である私が先輩に注意するようなことをしても揉め事にしかならず、働きづらくなるだけです。
二人がサボっていることを店長に伝えたところ、店長と私でお店を引っ張っていくという話になりました。
店長との二人三脚での頑張りが実を結び、月間の新規契約数が47に落ちていた店舗は、直ぐに100近くまで急回復しました。

そんな中、本社から一通のFAXが届きます。

【年末の特別インセンティブのお知らせ】

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