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周りと少し違っても。

私は、小さな頃から、周りから気にしいだね。
気にしすぎだよ。考えすぎだよ。と言われることが多く、そのたびに私は
みんなみたいに考えすぎないようにするにはどうすればいいんだろうと
何度も周りの楽観的な性格に憧れていました。

末っ子の長女で、兄たちが喧嘩をしていると、自分が喧嘩しているわけでもないのに怖くて親に泣きながら助けてあげて…って言ったり、人の怖い一面をみたり、揉めている場面がとにかく苦手な幼少期でした。

先生や、友達の誰かが怒っていたり、悲しんでいると一瞬で察知してしまう。いまこの人はこういうことを考えていると思うとわかってしまう。
そんな周りとは少し違う部分も学生生活で感じました。

そんな私の性格を救ってくれた人が現れたのは、
就職して出会った上司でした。
その上司に挨拶にいったとき、
にこにこしてくれるわけでも、
話を切り出すわけでもないのに、
なぜか怖くもなかった。
そんな雰囲気を纏っている人でした。
なんとなく優しい雰囲気があったその方は、
のちに私を救ってくれる人になりました。

仕事をしていくうえで段々と
コミュニケーションをとり、

その上司に言われた言葉、それは、

あなたは、自分の弱さを知っている人。
だから、とても強くいられる人。
でもそれを自分が一番知っているはずなのに、知らない人。
あなたは、今、生きたい意味がわからなくていい。
生きたいように生きればいい。
それが多少、人と違ってもね、多少、間違ってもね。

と言われました。今まで生きてきたなかで、こんなことを言われたことがなかった私は、びっくりするくらい涙がでて、
涙が止まらないって、こういうことなんだ…と実感しました。
嬉しかった。ひたすら、嬉しかったです。

この時代に、この誰もはみだしてはいけないような
前ならえをしないといけないような、列からはみ出してはいけないような。
そんな時代に生まれて、生きてきて。

苦しいなって、なにか周りと違うなって、
思うこともたくさんあると思うんです。

でも、それでいいと思うんです。
生きているだけでいいと思うんです。
自分という軸をもっていればいいと思うんです。

生きていてさえいてくれれば、どこで何をしていてもいいよ。
私が倒れた時、大好きな沖縄に住みたいなと突拍子もない提案にかけてくれた父の言葉です。

本当にその通りだと思います。

話がそれてそれて大変まとまりのない文章になってしまいましたが、
自分のままでいいよということ。なにも悪くないよということ。
自分を責めないでということです。

私は私の想いを伝え続けていけたらいいなと想い
今日から想いを書き始めます。

興味のある方もしよろしければ、覗いてみてください。


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