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さかなたち、とんと暗い

さかなたち、とんと暗い

 さいきんは夢のなかでもだいぶうまく走れるようになってきたとあの子が手紙のなかで言う。長い手紙はときどき送られてくる。あたしは返事を書かない。メールで手紙届いたよとだけ送る。

 夢であの子はあたしを追う。夕まぐれ。前の冒険で手に入れた魔法の靴をはいているから飛ぶように走れる。でも追いつけない。簡単に見失ってしまう。あの子の目の前を、あたしをたくさん載せた電車が過ぎていく。黒い革のジャケットを着て

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ほねをかくしに

ほねをかくしに

一本の骨をかくしにゆく犬のうしろよりわれ枯草をゆく
- - - - - - 寺山修司

 すでにあたしに過去はない。だからこれは嘘の記憶だ。あんたはしっかり前だけを向きぼんやり光る道をゆく。いや、道がぼんやり光るのはあたしにとっての話で、あんたにとってはまた違っているだろう。あんたの足裏にやわらかい草の感触がある。あんたの腹を枯れた穂がくすぐる。枯れてかわいた背の高い草たちをかきわけ、踏み倒しなが

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毛穴

毛穴

 これは夢だな、と夢のなかですぐにわかる夢がある。
 夢のアサミは最前のかぶりつき席に座ってきらきらの舞台を見上げている。宵子さんのオナニーベットは最強だ。ピンクの照明、香水のスパイシーな甘い匂い。まぶしい。盆の回転に合わせて客たちの頭もふらふらと動く。アサミはいつも宵子さんの指先に夢中だった。魔女みたいにきれいにのばした爪に、演目に合わせたジェルネイルが施されている。宵子さんはだいたいいつも3個

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そうぞうりょくが

そうぞうりょくが

想像力が足りない故にここに君を再現できぬ故にかなしい 
- - - - -花山周子『風とマルス』

 もう何個の夜が来た? 
 わかりません。はるみ、君がギンレイを離れてどれくらいになるんだろう。君のすぐあとに天草が去り、それからしばらくしてアンコールもセミノールも出てゆきました。もうここにはあたしとカラが残るきりです。ちがう、映写機もまだ残ってる。映写機はどこにも行きません。
「カラ、映写機の目

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ひとのしを

ひとのしを

人の死を詠みたし春の風呂場からシャワーを止める音が聞こえた
-----染野太朗「豚バラ」『あの日の海』

「シャワー借りていい」と訊かれシャワー浴びずにベッドに上がられるほうが嫌だと応えた。Tはやったーありがとうとはしゃぐみたいに言ってユニットバスに向かう。着替えは貸したほうがいいのか訊くとまだそんな汗かく季節じゃないし大丈夫だろと風呂場からくぐもった返事。
 歌会が長引いたので飲み会の時間が減っ

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