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そうぞうりょくが

想像力が足りない故にここに君を再現できぬ故にかなしい 
- - - - -花山周子『風とマルス』

 もう何個の夜が来た? 
 わかりません。はるみ、君がギンレイを離れてどれくらいになるんだろう。君のすぐあとに天草が去り、それからしばらくしてアンコールもセミノールも出てゆきました。もうここにはあたしとカラが残るきりです。ちがう、映写機もまだ残ってる。映写機はどこにも行きません。
「カラ、映写機の目を開けてあげて」とあたしはいつもカラにお願いします。
「いいよ」とカラは答える。
 わー、こんなこと、君たちには伝えなくたってわかるのかもしれない。ずっと変わらないおなじ日常なんだから。だけど、君たちがいたころも、ほんとうにあたしたちここでこうしていたのだっけ。
 どんどん忘れていくばかりだ。あたしはさびしい。
 カラが映写機のふたつにわかれた身体を黒い血管でつなぐと、すぐに映写機は目を開ける。映写機の視線は小窓に向かって素早く駆ける。あたしはそれを追いかけて映写室を出る。劇場に入る。カラがあとからゆっくりやって来る。映写機の視線は白い幕に釘付けになる。映写機が回想を始める。光る視線にそのまま色がつく。濃い黒色、淡い黒色。あたしたちは真っ赤な椅子に座って映写機の思い出を見る。子犬、おじさん、子ども。女の子、花、殴り合うおじさんたち。川。風船で遊ぶおじさん。街。歯車。涙。光。
「これはいったいなんなの」
 そう訊いたのは、君たちがいなくなったのちのこと。さびしくないときはなにも不思議じゃなかったのに、今ではあたし、どんなことも知りたいって思います。
「思い出だよ」と映写機の代わりにカラが答えた。
「あたしたちの思い出とずいぶんちがうね」
「こいつはずっと年上なんだから、そんなもんさ」
「なんで思い出が光るの。どうやれば思い出は、光って、映るの」
 あたしからは次々に質問が出る。
「それはあたしも、もっと年をとってみないとわからない」とカラは困ったように言って、映写機の身体を撫でる。そして続ける。「でも、たぶん、愛ってやつだよ」
「愛」
 それきりカラも映写機みたいに黙ってしまった。黙ってあたしを見つめるカラの瞳もまた光り出して、あたしの鼻や頬に思い出を映し始めるのではと思った。
 そうはならなかった。
「愛っていうのは、つよく思うこと」とカラはある日あたしに説明する。
「つよく」とあたしは復唱する。
「思い描くの」
「思い描く」
 それであたしは君たちのこと、つよくつよく思い描いている。それでもどんどん忘れてしまう。映写機の思い出ばかりが鮮明だ。女の子。花。子犬。ちょびひげのおじさん。子ども……。
「せとか」とカラがあたしを呼ぶ。あたしを撫でながら優しい声で言う。「大丈夫だよ」
 君たちもこうやって、あたしたちのことをつよく思い描いているか。いてほしいなって思うのだけど、どうだろう。君の瞳が銀色に光って、その光のなかに遊ぶあたしたち。あたしはきっともうじき、さびしくさえなくなる。大丈夫。大丈夫だよ。

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2015年発行の百合詞華集『きみとダンスを』に寄稿した短い小説。
すでにこの世にある自分の作品ではない短歌を百合として小説にしたものです。