ひとりだけのアルベルゲ。6月21日
フェリーペと出発
荷造りの音は夜明け前から聞こえていた。
ベッドでスマホを見るとNさん(75)からのメール。
「ピレネー越えはきつかったでしょう。無理しないで自分のペースを守ってください」
会社の先輩の紹介で知り合った桶川市に住む植木職人のNさんは、70歳を過ぎてからフランス人の道を前後半2回に分けて踏破している。
「アドバイスどおり小さめのザックにして良かったです!」とメールしてあった返事だった。
6時過ぎ、パンとコーヒーとリンゴの朝食をとっていたら、昨日のスウェーデン人が隣に座った。
「おはよう。僕は筋肉痛になったけど、足の調子はどう?」と声をかけたら、
「今は問題ないけど、膝が悪いから、今日は下りが多いようだから気をつけないとね」
リュックを背負って宿を出たところで、
「Hey Buddy!」
振り返るとフェリーぺ。
写真を撮り合ってから一緒に歩き始めた。
「昨日歩いたような、柔らかくて濡れた道のことは英語でなんて言うの?」
「マッドだな。たくさんの人が転んでいたね。お尻が泥だらけの人が沢山いた。僕も転んだけどね」
「マッドサイエンティストのマッドと同じスペル?」
「違うよ。泥はM、U、D。サイエンティストはM、A、Dだ」
巡礼者が連れた犬に向かって彼が、「君はポリグロット(マルチリンガル)かい?」と聞いたから、ポリグロットという言葉の意味から始まり、いろんな言語について話したりもした。
気になる景色があればそれぞれ勝手に留まり、追いつけば話す、と言う状況がしばらく続き、いつの間にかフェリーペが視界からいなくなった。
休憩をしていたら、オーストリア人女性が「調子はどう?」と話しかけてくれた。
「日本の有名なアニメのキャラクターと同じ名前よ」と言うのでハイジでいいと思ったが、ハイディと聞こえた。
強くなりたかった、たくさんの人と話したかった、健康的になりたかったなど巡礼を歩く理由や家族のことなどを話してくれたので、僕も趣味のこと、日本のことなどを話した。
「この道を歩いている人は、皆良い人すぎて驚いた」とハイディ。彼女の言うとおりだ。
すごく聞き取りやすい英語で、僕の英語も大体通じるから楽しくて気が付けば2時間経っていた。
「そういえば、日焼け止めを塗るのを忘れていた」とハイディ。
「じゃあ先に行くよ。またね」と、僕はひとりで歩き出した。
いろいろな国の人と触れ合うのだが、誰とも感じ良い距離感。それぞれがペースを守って進む。
「追いついた。なんか楽しそうに話していたね。後ろから写真いっぱい撮っちゃったよ」
僕とハイジと話しているのを見ながら近づいてきたフェリーぺが、また合流。
途中の街スビリで、再びフェリーぺを見失った。
ドナティボ(寄付)と、教会儀式に参加
サバルディカ(Zabaldika)のアルベルゲの宿主はイタリア人のシルバ。
「ここは ドナティボ(寄付)で成り立っているから、帰る時にいくらでも良いからね。昨日は19人が泊まったけど、今日は君の他に1人だけだよ」
食事係のスペイン人タチアナが、ウェルカムドリンクに3種類のジンジャードリンクを振舞ってくれた。
夕食は、前菜からデザートまでの豪華なメニュー。ワインもいただいた。もうひとりの宿泊者はサンティアゴの教会で働いている人で、23日間で歩く予定らしい。
シルバが、夕食後の教会での集まりに誘ってくれ、「仏教徒もいいの?」と聞いたら「もちろん」とのことだったので参加させてもらうことにした。
20時に教会へ。お婆ちゃんシスターが英語とスペイン語を交えて色々説明してくれたのだが、ひと言で言えば、巡礼者の送り出しの儀式。
「なぜこの巡礼に参加したのか」「歩いてみて感じたことは何か?」という質問があったが、
僕は「良い景色の中を歩き続けたいから」と申し訳ないような理由を答えた。
渡された日本語で書かれた「巡礼者の垂訓」という紙を見ると、「巡礼者は幸せである」から始まる10の訓示が書かれていた。
5番目の訓示。「巡礼者は幸せである。一歩戻って誰かを助けることの方が、わき目をふらずにただ前進するよりも、はるかに価値あることだということを見出すならば」。
ベッドに付いて、別れたままで気になっていたフェリーぺにメールを送ってから寝た。
今日の写真
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