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ショートショート「赤い紙」

 ラジオに耳を傾けると今日も昨日と同じニュースが流れていた。雑音が混じってうまく聞き取れなかったけれど、きっと昨日や一昨日とそれほど変わらないんだろうと思う。
 枕元の銀紙には残しておいたチーズとクラッカーが半分ずつ。顔を近づけるとお腹が鳴る。忘れようとシーツに包まった。抑えた奥から空腹が鳴る。
 ラジオのチャンネルを変えて少し音量をあげた。ノイズの向こうの声を聞き取ろうとしてみたけれど屋根を叩き始めた雨に消されてしまった。
明日は今日より寒くなると聞いた。早く眠ってしまおうと僕は思った。
 目を閉じた。窓の向こうになにかが光った。まぶたの向こうで数瞬間、明滅する閃光に気づいた。星なんだと思うことにした。星でも、星じゃなくても、いっそ、なんだって良かった。それなら星が、流れる星々なら、しばらくの間はそれを見ていればいい。そう思うことにしよう。音もなく降る、通り雨のような流星を思い浮かべる。そして僕は眠る。

 ほとなく朝がくる。
 僕は着替える。オイル染みの目立つコートは大きくて肩が落ちてしまう。そして、これをくれた人はこの街にはいない。
 ところどころ焦げのあるマフラーをぐるぐる巻きつけた。これも貰い物。これをくれた人は、ついこの間、真新しいヘルメットを被って、敬礼をしてから街を離れた。
 大人になると誰もがこの街を出てゆく。そう決まっているのだと言う。帰ってくる人はいなかった。少なくとも、僕はそんな人を知らない。
 いつかは僕もその時がくるんだろう。
 今日はこれだけさ。おじいさんはそう言って麻紐に巻かれた赤い紙の束を指差した。
 そう、これは一方通行の手紙。送るだけで返事の来ない手紙。
 平和の招待状だよ、と、おじいさんは言っていた。
 僕はそれを鞄に積め、配達先を記した票に目を通した。コートをくれた人も、マフラーをくれた人も、この赤い紙が届いてすぐにこの街を離れた。平和な土地をつくるための、お務めを果たすために。
 配達が終われば、今日もまたラジオを聞こう。僕はそう思う。
 戦争に行った誰かが帰ってくれば、きっとラジオのニュースになるだろう。立派な兵隊になって、立派にお勤めをして、骨になって帰ってきた人たちは英雄になると知っている。
 いつか大人になったら。
 僕もこの平和の招待状を貰って、街を離れるんだ。平和のために。配達所のすみの古いラジオは、今日も、僕たちの国の勝利を訴え続けている。人は争うことが好きだから、きっと、戦争はなくならないだろうと僕は気づいている。

photograph and words by billy.

追記 / Twitterに、#slowlight というハッシュタグで、モノクロ写真に一言を添えて投稿しています。
 スロウライト。それは、遅れて来る光。興味を持ってくださったなら、ぜひ。


love or peace.
愛と平和はたぶん、別のこと。

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