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『正欲』朝井リョウ著

ひと月半ぶりの更新。

その間何をしていたのかというと、美味しいお店を開拓したり、昔のドラマを一気見したり、ウクレレの練習をしたり、YouTubeの赤ちゃんの動画に癒されたり…。

ちょっと頭使おうと思って読書再開。笑

今回は朝井リョウさんの『正欲』についてです🌙


①あらすじ

生き延びるために、手を組みませんか。いびつで孤独な魂が、奇跡のように巡り遭う――。

あってはならない感情なんて、この世にない。それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ――共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か? 絶望から始まる痛快。あなたの想像力の外側を行く、作家生活10周年記念、気迫の書下ろし長篇小説。
(新潮社HP)

本作は各サイトで評価が高かったので、ずっと気になっていた。

タイトルは"性欲"ではなく"正欲"。
"正しい欲"ってなんだろう。
欲望に対しての真っ直ぐな気持ち?正義の味方になりたい人の話?
読み始める前に、色々考えてはみたけど、私の想像力なんかでは到底辿り着けない領域の話だった。

たしかに、読む前の自分には戻れない。

②感想

まず、街を歩いてみる。
目に飛び込んでくる広告を眺めて、うわ!もうセールの季節じゃん!新しい服買いたいな〜!
とか思う。
せっかく新しい服買ったらどこにいこう?旅行かな〜。デートかな〜。
とか思う。
でもお金ないし、食費節約するか。今日何食べよう。
とか思う。

もうこの思考がありえない人たちがいるなんて、想像したこともなかった。

目に入ってくる情報のほとんどは、最終的にはそのゴールに辿り着くための足場です。
(中略)
それはつまり、この世界が、【誰もが「明日、死にたくない」と感じている】という大前提のもとに成り立っていると思われている、ということでもあります。


三大欲求の中で、性欲というものが、いちばんフワッとしてて個人差が多いものの、世の中の99.9%の人の対象は"人間"だ。

今作においては、"水"に興奮する特殊性癖の人たちがある事件を起こし、事件を起こすまでの経緯を遡って書いている。

彼らはびっくりするくらい人と距離を置く。
どうして、恋愛対象が人でないだけで、家族とも馴れ合わず、友人も作らないのか、初めは理解できなかった。

夏月は思う。既に言葉にされている、誰かに名付けられている苦しみがこの世界の全てだと思っているそのおめでたい考え方が羨ましいと。あなたが抱えている苦しみが、他人に明かして共有して同情してもらえるようなもので心底羨ましいと。

結局、誰にも理解してもらえないからと人に明かさない。人の苦しみも理解できない。
だからいつも彼らは孤独だった。

この世界の循環の中にいられるくせに不満ばかり垂れ流す人間たちに対して、人生をかけて醸成してきた思考を力の限り投げつけたくなる。だけどそんなことをしたって、何も変わらないということを知っている。世界に対するとっておきの復讐なんかにならないことも知っている。
その上でただ叫びたい。こんなにも辛いんだと。
性的対象は、ただそれだけの話ではない。根だ。思考の根、哲学の根、人間関係の根、世界の見つめ方の根。遡れば、生涯の全ての源にある。

性欲や性的な対象がここまで深いところに根差しているなんて、考えたこともなかった。

たしかに、「新しい服が欲しい」と思ったのは、単に服が無いから欲しかったわけじゃなくて、
誰かに見られること、誰かに良く思われたいという願望に根差している。

思考の根本的なところが違うのだから、求めるものも、求める理由も違う。
周りに理解してもらおうなんて彼らの気持ちは、成長の過程で完全に絶たれていた。
どうせわかってもらえない。自分の人生には、誰かと歩む未来がないから、生きる希望がない。

そんなどん底なところから、佳道と夏月はお互い生き延びるために夫婦になる。

お互いのことは、名前と性癖しか知らない。
でも、一番深いところで繋がった夫婦生活は悪くなかった。
それなのに、二人が一歩踏み出した結果は、救われないものだったことがただ悲しかった。

ラスト、一般の夫婦がすれ違うところ、佳道と夏月のお互いの深い理解が見えたやりとりが、とても心に沁みた。

あと、"多様性"という言葉の意味も考えさせられた。

多様性って言いながら一つの方向に俺らを導こうとするなよ。自分は偏った考えの人とは違って色んな立場の人をバランスよく理解してますみたいな顔してるけど、お前はあくまで"色々理解してます"に偏ったたった一人の人間なんだよ。

最近はセクシャルを表現する言葉は本当に色々あるし、理解されてきていると感じていたけど、
私が知っているのは、マイノリティ中のマジョリティでしかないと知った。

そもそも、"理解してあげている"という立場で多様性という言葉を使ってはいないか。
自分が想像できない範囲がある、ということを理解することが"多様性"なのではないか。
なんか安易に使えないなあと思った。

③まとめ

あー読み切ったーという感じ。
同じ日本で、同じ時代で、同世代で、こんな世界があることをはじめて知った。
考えても考えても、同情はできても理解できない。
ファンタジーでもないのに、想像が及ばない世界。
人間って一番難しい…。
圧倒的でした💥

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