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「バーテンダーは、ねずみ男である」


「早く人間になりたい」というセリフがあった。妖怪人間ベムだったか。
ある科学者が人造人間の研究に失敗した時、壺の中で奇跡的に産まれた生物とあった。
彼らは人間の心で産まれたが、その姿は妖怪だった。ムゴイ設定だ。だが、気持ちはわかる。僕も人間に憧れている一人だからだ。
この妖怪人間ベムを、マイルドにしたのがねずみ男ではないだろうか。
ゲゲゲの鬼太郎に登場する半妖怪だ。
姑息でお調子モンの上にお金が大好きという絵に描いたようなトラブルメーカーだ。
大体は、この男が余計なことをすることで物語が始まる。
つまり、ねずみ男が余計なことさえしでかさなければトラブルは起こらない。
そうなれば鬼太郎はヒーローの活躍ができず、安穏としたゲゲゲの森のこ汚い部屋で、猫娘を相手にイチャイチャするだけのしょうもない妖怪エロ漫画になるに違いない。
そういう意味では、鬼太郎はねずみ男に感謝しなくてはならないだろう。

水木先生も、ねずみ男に頼りきりではなかろうか、というほどに、諸悪の根源を彼に任せきりだったのではないだろうか。
そう考えてみると、ねずみ男というのは、非常に高いスキルがある男だったのだと感心してしまう。
とくに目を見張るのはコミュニケーションスキルだ。事件が終わると、痛い目に遭った彼はケロっとして鬼太郎たちと仲直りしているし、鬼太郎たちもなぜか彼を許している。
それに味をしめた彼は、すぐに悪事を繰り返すのだが。この無限ループでゲゲゲは成立している。
この無茶な設定を可能にしているのも、彼の高いスキルがあってこそだ。
彼は妖怪と人間の子として産まれた半妖であるがゆえに、人間と妖怪の狭間を行き来している。これはワンピースのチョッパーと設定は酷似しているが、良心を持つチョッパーに対し、ねずみ男に良心はないに等しい。
人間の世界でも嫌われ、妖怪の世界でも嫌われている彼が、悪事の手を染めていく姿は、なんとも他人事のようには思えないのである。
どうやら鬼太郎だけは、そんなねずみ男の憂いを理解している風だが、彼を改心させるほどの妖怪力はないようだ。
ねずみ男ほどではないが、バーテンダーはこの「狭間」という感覚が近い。昼と夜の狭間であったり、正気と酔いの狭間であったりする。
この場合、昼が人間、夜が妖怪の世界であるし、正気が人間、酔いが妖怪の世界となる。
ここで重要なのは、僕が人間の生活に憧れているということだ。若い頃は考えもしなかったが、年齢を重ねるとそれは顕著に現れている。

原因は二つある。

一つは体力の衰えだ。これはバーテンダーでなくとも深刻な問題だろう。
お客に酒を勧められると一緒に飲むことが多い仕事だが、これはお客の好意であるから断ったりはしない。
若い頃は、勧められると調子に乗ってカパカパとやっていたが、最近は少し慎重にやっている。だがそれでも足にくる、目にくる、口にくるのである。
これは、立っていられなくなり、眠たくなり、本音が毒々しく出てしまうのだ。
いかん。
お客からの好意の酒をいただき、フラフラになって仕事にならないなんてあってはならない。だが、やってしまう時がある。翌日の自己嫌悪の破壊力たるや半端ではない。酒との付き合い方と体力の回復を考えなければなるまい。
もう一つは経験からくるお客への慣れである。これもあってはならないことだが、酔った人間に飽きてしまう時がある。
酔って馬鹿騒ぎをして、面白おかしく盛り上がるのもいいが、もっと中身の濃い正気の話がしたいという欲望が抑えきれない時がある。
もちろん、そういった知性溢れるお客ばかりなのだが、彼らもいずれは酔ってしまうのである。酒に酔う前に話したことも、酒が進むにつれて、いい加減になり、翌日には忘れて去られているなんてこともよくある話だ。
バーテンダーは、重要な約束は極力しないようになっていくのである。
気持ちよく酔ってもらうために酒を売って生計を立てているのに、お客には酔って欲くないなんて可笑しな話だが、この狭間で揺れ動く心も確かに存在しているのである。
最近は、なるべく早く起きる。
少しでも太陽光を浴びて人間らしい生活を楽しみながら精神を安定させている。
だが、そうすると朝方までの体力がもたない。睡眠時間を削るのか、閉店時間を早めるのか、あるいは体力や精神力をつけ、この生活に耐え続けるのか、答えはいずれ近い将来にわかるだろう。
ねずみ男の憂いはこれからも続く。
それは彼が、人間や妖怪を恨んでいるからに他ならないと思うのである。
僕は人間を愚かしいと思わないし妖怪の力を利用するつもりもない。
それが彼との違いであると信じている。
そうやって僕は、人間の世界に憧れ続けるのだろう。
ところで妖怪人間ベムの三人は人間になれたのだろうか?

調べてみると、笑いがこみ上げた。
そうこなくては面白くない、さすがに昭和アニメは甘くないのである。


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