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「猛吹雪、決死のタクシー探し」

物語の登場人物には必ず必要な役がある。

サスペンスでは、タイミングの悪い目撃者か、うっかり勘違いをして逃げ出したてしまった部下。

恋愛モノでは、早とちりをしてしまった親友だろうか。

ホラーでは、最初から自信過剰で主人公を馬鹿にしているそこそこイケメン。

もう、お解りいただけると思いますが、タイトルにもある通り、これらの物語には

マヌケ、という不可欠な存在が必要なのである。

物語の大半は、事件の口火はマヌケが飾る。時代劇だと、水戸黄門のうっかり八兵衛、鬼平犯科帳ではウサギこと木村忠吾が代表格だろう。

アニメでは、ゲゲゲの鬼太郎のねずみ男や、ドラえもんののび太、変則的なところでは、名探偵コナンの毛利小五郎なんてのもMrマヌケの日本代表だろう。

このマヌケ役が底抜けにやってくれるほど、主人公の誠実さ、器量、能力が浮き彫りになり、物語にグッと広がりが増す。
つまり、物語には、下手をすれば主人公よりも重要な役どころになるのが、マヌケという存在なのだ。

前置きが少し長かったが、このマヌケちゃんが物語から抜け出し、あなたの身近に存在していたら、果たして関わりを持とうとするだろうか?

というのが、今回の話の主題だ。

私たちは、正義のヒーローでもないし、なんでもありのポケットや、しょっちゅう殺人現場に出くわすこともない。
だから、なんでもない凡人の日常にマヌケが一人いただけで、かなりのダメージを被るのは必然なのだ。

どうしてヤツは余計なことばかりするのか?
どうしてヤツがこの場にいるのだ?誰がヤツを呼んだのだ?そいつも同罪だろ?
どうしてヤツが、ヤツと知り合いなのか?
(マヌケはマヌケを寄せつける、マヌケホイホイの法則)

もし、関わりを強いられた場合、私ならなにがなんでも逃げるだろう。

マヌケ最強説というわたしの持論が正しければ。

更にマヌケには、優しいヤツが少なくない。

あまり考えないで行動するのも特徴的だ。

そして、

よかれと思って!

というスローガンのもと、突然、あり得ないアクションを起こすのだ。

これが酷く良くない。

17年ほど前の話だ。

私は、ある脚本家の先生の新人弟子をしていた。

先生のゼミには10名ほどの先輩弟子がいて、みんなで北海道は女満別駅のワンシュチュエーションドラマの脚本を作成していた。
「現場を見なければ本当の脚本は書けない、一度現地にいかねば!」

という先生の一言で、我々はいざ北海道へ取材旅行へと向かった。
女満別空港に降り立つと、その日の気温は氷点下マイナス15°とあった。
そこは猛吹雪で、辺り一面がパウダースノーの霧に包まれていた。
先生が言った通りの極寒の女満別に、我々ゼミの弟子たちは大いに興奮した。

その時、空港をでた弟子の一人が、急に走り出した。
「先生!みんな!待っててください!」
おそらく、あまりにも荒々しい風雪を目の当たりにした彼は、気を利かせてタクシーを拾いに行ったにちがいなかった。
だが、先生を含む一行は、当日の吹雪の予報を知っていたから、あらかじめバスをチャーターしていたのだ。当然といえば当然である。

そのことを知らされていない彼は、猛吹雪の中でタクシーを求め、傘もささずに歩き回っていたようだ。実際、傘はまったく意味をなさなかったようで、厚手の黒いダッフルコートが、片方側だけ、白く塗り替えられていた。

眼前には、白と灰色のグラデーションの世界しか見えず、時折信号機のライトが薄い黄色からピンクに移行した。

彼は、顔を歪めて片眼を開き、自分の位置を確認するのがやっとだった。

タクシーの赤い空車の電光を探すのだが、これがなかなか見つからなかった。

十分もすれば、身体はいつしか凍え、息をするのも辛くなってきた。

彼は、とうとう諦めたようで、トボトボと元にいた場所に戻ってきてしまった。

だが、そこに先生たちの姿がなかった。

慌てた彼は辺りを見回すと、十メートル先に、一台の中型バスがパッシングをしているのがぼんやりと目に入った。

もしや、と思った彼は、項垂れながらバスに近づいていった。

すると、そこには呆れ果て、待ちくたびれた先生や先輩たちの姿が、吹雪よりも冷たく刺さる視線を放っていたのだった。

私は、恥ずかしいやら、情けないやらで、申し訳ないやらで、そのまま暫くバスに乗れずに女満別の極寒の吹雪の中をただ立ち尽くすばかりだった。

このようなマヌケの気くばりは、みなさん気をつけていきましょうね。

わたしの「マヌケ考」はまだまだ続く。








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