小説「エクステリアの園」①
時は今から48年前。
岡山・博多間に山陽新幹線が開通し、大阪にはローソンの1号店が設立された。
そんな、1975年の日本。2人の高校生が、1つの書道作品を見ながら話をしている。
「君の作品、素晴らしいな。線が柔らかくて…、どこか、明るい感じがする」
「本当?ありがとう。私、結構頑張って書いたのよ」
白のワイシャツに黒いズボンを履いたハヤカワツトムは、作品の目録を手に持ちながら、作品を鋭い目で見ていた。
彼は夏の暑い日にこの格好をすることが好きじゃなかったが、学校の指定の制服なのだから仕方がないと思っていた。
隣にいる同じく制服姿の女子高生は、顔に明るい微笑みをもたらしながら、早川勤に話しかけている。
「私ね……。私、なんでこの作品にしたか分かる?」
「なんでこの作品にしたのか?」
「うん。ほら、"かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを"って書いてあるでしょ?」
「うん…。確か、百人一首の句だよね」
「そう。どういう意味だと思う?」
早川勤は、少しの間腕を組んで考え込んでいたが、やがて答えを求めるようにサワキタアキの方を見た。
「あなたのことを愛している。でもあなたはそんなこと知りもしないのでしょうね。と言う意味よ」
「へぇ。そんな意味が」
「私、この句を作品に選んだのは、あなたのためだったの」
「え」
沢北秋は、大きな黒い目で早川勤を見つめていた。顔がかすかに赤くなっていて、小さな肩は、細かく上下に動いている。
「あなたのことが好きです」
一息に言い切った沢北秋の言葉が宙に舞う。早川勤は、突然のことに戸惑っているのか、作品から目を離さない。沢北秋に負けず劣らず、顔は真っ赤になっていた。
「俺も好きだよ」
やがて2人は見つめ合い、お互いに笑い合った。
1975年。沢北秋の告白により、2人が付き合い始めた年である。
それから40年が経過し、時は2015年。
2人のスーツ姿の若い男性が、窓際に腰掛けている。
「なぁおい、聞いたか?早川さん、会社辞めるらしいぞ」
短髪の髪をワックスで整えた30代手前の男が、興奮気味に話しかける。
「あぁ、そうらしいな」
少し太り気味の、同じく30代手前らしい男が、相槌を返す。
「あの人、確か57歳だろ?あの歳で副社長なんて出世街道なのに、なんで辞めちゃうんだろうな」
「さぁな。うちの会社、結構あの人に助けられてきたって話だぜ」
「惜しい人を失うよな〜」
「あ、おい」
2人の横を、パシッと整えた髪型の初老の男性が、颯爽と歩いていった。
この人、早川勤は、社長室に入ると、サッと辞表を取り出し社長の前に置いた。
「本日をもって、当社を辞めさせていただきます。本当に、お世話になりました」
社長は、悲しげな目をしながらも、目尻にシワを作り、早川勤を見上げていた。
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