サラリーマンがアメリカのコンピュータサイエンス Ph.D.に合格した話
はじめに
2025年1月からArizona State University (ASU) Computer Science Ph.D.に進学予定です。2022年に米国大学院でCSを学びたいと思い立ってから2年半の時を経て、無事に合格することができました。働きながらの受験は精神的、体力的にも大変でしたが、なんとか合格することができました。
近年では、留学に関する良質な記事がたくさんありますが、働きながら米国大学院Ph.D.を目指した体験記は少ないと思っています。また、私自身、先輩の受験体験記を読んで、参考にさせてもらったため、後に続く人の一助になればと思い、受験体験をまとめることにしました。
何か質問や相談があれば、Xかメールでご連絡いただけると幸いです。
X: @yuk1_infinity
mail: yueno@asu.edu
自己紹介
経歴
2019.04 - 2024.11 : 自動車部品メーカー
2017.04 - 2019.03: 京都大学 工学研究科 電気工学専攻
2013.04 - 2017.03: 京都大学 工学部 電気電子工学科
出願時スペック
TOEFL: 104 (R:29, L:25, S:22, W:28)
GREは未受験
GPA:
学部: 3.2 / 4.0
修士: 3.8 / 4.3
論文実績: 査読付き国際学会Full paper 2本、国内会議 1本
実務経験: ソフトウェアエンジニアとして5年勤務、論文の出版はなし
奨学金: なし
学位: CSではなく電気・電子系
研究興味
Visualization、Collaborative Visualization、Human Computer Interaction、VR、AR
主に情報可視化の分野に興味があります。
大学院時代は情報可視化の研究室に所属し、可視化手法がヒトの情報探索に与える影響を眼球運動計測や生体計測などを通じて評価し、ヒトにとって、より良い可視化について研究していました。
業務では、アプリケーションログの解析やモバイルアプリのバックエンド開発、車両走行データの可視化などを行ってきました。
Ph.D.プログラムでは、VRやARなどを使用して、Immersiveな環境で、複数人で協力してデータ分析を行う環境の研究・開発に興味があります。
受験スケジュール
以下が私の受験スケジュールとなります。1年目は全落ち、2年目で合格することができたため、約2年半のスケジュールとなっています。
TOEFLのスコアメイクには10ヶ月かかりました。社会人だったので、平日に仕事が終わってからと、土日を勉強に当てていました。詳しくは、TOEFLの章に書いています。
SoPなどの出願書類は、1年目は10月から、2年目は余裕を持って8月から作成を始めました。添削や英文校正など、ドラフト作成後にブラッシュアップする期間も必要なので、8月頃から始められると余裕を持って提出できると思います。また、学校によって文字数の制限が異なっているので、募集要項が発表されたタイミングで一度確認し、リストにまとめておくと、管理しやすいと思います。
文字数制限に加えて、UC系ではPersonal Statementが必要だったりするので、SoP以外に必要な書類がないかという観点でも募集要項を早めにチェックしておきましょう。
出願校が多い分、書類作成や推薦状依頼のタスクが大量にありました。これらのタスク管理にはTrelloを使用していました。シンプルなUIで使いやすいのでおすすめです。
出願校選び
1年目は、Ph.D.の倍率が高く、MSの方が入りやすいと考えていたのと、研究室を調べるほど時間的余裕がなかったため、MSを中心に選びました。US NewsのCSランキングの上位30位以内の大学から、学費が比較的安い大学を選びました。最終的に、11プログラムに出願しました。
2年目は、Ph.D.とMSを半々で出すという方針で大学を選びました。
Ph.D.に関しては、情報可視化分野で学生を募集している大学のリストが存在していました。これは、コンタクトした教授に教えて頂いたもので、このリストに載っている研究室のホームページや教授の論文を確認し、研究室を絞っていきました。また、リストには載っていなかったものの、修士時代の指導教官と繋がりのあった教授に連絡をとり、推薦状を信頼してくれるとのことだったので、こちらの研究室にも出願しました。
MSに関しては、US NewsのCSランキングの上位50位以内の大学を目安に、学費が比較的安く、1年目に出願していない大学を選びました。1年目に出願した大学を避けた理由としては、再受験の場合は、以前出願した時からの変化を評価されると留学コンサルから聞いたからです。TOEFLスコアや論文の出版など、1年前の出願から特に目立った成績の変化や業績はなかったので、再受験を避けました。
最終的に、Ph.D 6プログラム、MS 5プログラムの計11プログラムに出願しました。
推薦状
ほとんどの大学で3通の推薦状が要求されていました。自分は、修士時代の指導教官だった教授、准教授、そして職場の上司に書いていただきました。
奨学金の応募でも推薦状が必要だったため、8月末にメールで相談しました。その際、推薦状のドラフトの作成を求められたため、9月に奨学金用の推薦状のドラフトを作成、10月に出願用の推薦状のドラフトを作成しました。ドラフトは、以下のサイトを参考にして作成しました。
特に、加藤先生の記事が参考になりました。この記事を参考に、SoPでアピールするポイントを推薦者目線から事実ベースでアピールできるように内容を検討しました。また、推薦者間でアピールポイントが被らないように気をつけました。さらに、大学名やプログラム名を入れる部分は空欄にしておき、大学、プログラムに合わせて空欄を埋めてもらう形にしました。ドラフト作成後は、英文校正に出して、英語と内容のブラッシュアップをしました。その後、推薦者に連絡し、推薦状のドラフトとプログラム名のリストを送り、提出を依頼しました。教授や上司は忙しいので、適宜リマインドを送り、締切までに提出してもらうようにしました。
事前コンタクト
Ph.D.プログラムの出願では、事前のコンタクトが重要と聞いていたので、出願校選びでピックアップした研究室の教授にメールを送りました。中には、専用のフォームを用意していたり、出願後に連絡するように指定している教授もいたので、メールを送る前に教授や研究室のホームページを確認しておくと良いと思います。
私は、メールを送る前に、教授の論文を2本ほど精読し、以下の構成でメールを作成しました。
自己紹介、これまでの経歴
読んだ論文を挙げて、どこが興味深かったか、今後どんな研究を行いたいか
学生の募集をしているか?
Zoomで30分ほど話せないか?
自己紹介や経歴は長くなりすぎないように簡潔に書くと良いと思います。詳細な情報は、自分のサイト等に掲載して、メールにはURLを貼リました。ちなみに、私は、academicpagesというGithub Pagesで公開するタイプのテンプレートを使用しました。
出願校選びの段階で、どの研究室が学生を応募しているを知っていたので、最初から全ての研究室の論文を読んでいましたが、わからない場合は、論文を精読する前に、学生の募集をしているか確認すると効率的だと思います。
TOEFL
TOEFLの勉強法については、別記事にまとめましたので、参考にしてください。
志望校の中で、TOEFL 100点以上を要求している学校があったため、TOEFLは100点を目指していました。TOEFLのスコアメイクには思ったよりも時間がかかるので、出願時期の1年半前ぐらいから準備を進めておき、出願年の6月までにスコアが取れていると精神的に楽だと思います。
例えば、2024年12月に出願するのなら、2023年6月ぐらいから勉強を開始し、2024年6月までに目標スコアに到達しているイメージです。6月〜10月に締切がくる予約型の奨学金の応募にTOEFLスコアが必要だったり、GREの勉強や他のドキュメント作成などあるので、早めに終わらせておくと楽になります。
2年目はTOEFLのスコアメイクができている状態からのスタートだったので、精神的に非常に楽でした。ただし、大学によって、認めているTOEFLの有効期限がバラバラだったので、早めに募集要項を確認しておくと良いと思います。例えば、ある学校では、出願時に有効であれば良かったのですが、別の学校では、授業開始日に有効でないと受け付けてもらえず、2022年10月に取れたベストスコアが使用できませんでした。
TOEFLのスコアはETSから各大学に提出する必要があります。ETSから大学に送信されて、大学のシステムと同期されるまでに時間がかかることもあるので、出願締切の1ヶ月前までには提出しておくと安心です。
GRE
GREは最終的に受けませんでしたが、受験する場合は、TOEFLのスコアメイク後に、3ヶ月ほどかけて準備できれば十分ではないかと思います。
1年目はTOEFLのスコアメイキングに時間を取られて、GREに時間を割けなかったため、受験しませんでした。多くの大学が、GREの提出を不要もしく任意としており、ほとんど困りませんでした。また、2年目も、出願予定の大学の中でGREが必須の大学がなかったため、受験しませんでした。
面接対策
以下のブログやYouTubeを参考にしました。
これらの情報を参考に、これまでにやってきた研究とこれからやりたい研究の紹介スライドと、想定問答集を作成し、面接の練習をしました。
これまでにやってきた研究、これからやりたい研究の紹介スライドについては、石原先生の研究紹介スライドテンプレートを使用して5枚程度にまとめました。
また、想定問答集については、以下の質問に対して作成しました。
自己紹介・強み弱み
Tell me about yourself
What are your strengths and weaknesses?
Any potential difficulties?
これまでにやった研究や業績
What is your research background?
What is your biggest academic achievement so far?
なぜPh.D.?
Why do you want to get a Ph.D.?
なぜこの大学・研究室?
Why this particular lab?
Why do you choose this university?
What do you expect from your Ph.D. supervisor?
研究室でやりたいテーマや目標
What are your specific interests?
Why are you interested in this specific research topic?
What is your goal as a Ph.D. student?
卒業後のキャリア
What do you want to do after your Ph.D.?
逆質問
Do you have any questions?
自分はスピーキングが苦手だったため、本番の面接ではカンペを用意し、WEBカメラの周辺に貼り付けてました。カンペのおかげで、安心して面接に臨むことができました。
また、面接終了後はFollow Upメールを作成し、教授に送りました。
国内奨学金
奨学金を獲得していると、出願時にプラスに働くと言われています(XPLANEより)。奨学金は倍率が高いので、できるだけ多くの奨学金に応募することをおすすめします。
私は、JASSOの奨学金データベースを参考に、応募できる奨学金を探しました。しかし、社会人だと年齢制限と所属制限に引っかかって、応募できる奨学金はかなり限られていました。
以下は、私が応募した奨学金です。結果としては、全落ちでした。
JASSO 海外留学支援制度(大学院学位取得型)
平和中島財団
奨学金を獲得できると出願時に有利だと思いますが、なくてもなんとかなったので、奨学金なしでも悲観せずに、コネクション作りや研究実績を作ることに励みましょう。
Statement of Purpose
SoPは、XPLANEが公開しているガイドやを参考にして、作成しました。
一通り書き上げた後は、XPLANEのSoP執筆支援プログラムを利用して、ブラッシュアップに努めました。
SoP執筆支援プログラムは、留学志望者と近い分野の留学経験者のメンターと繋がることができ、出願に向けて、SoPを練り上げてゆくシステムです。2023年度から、メンタリング形式と完成稿フィードバック形式から選択できるようになり、私は完成稿フィードバック形式を利用しました。10月中旬頃に提出し、11月初旬には結果が返ってきました。
また、SoP執筆支援プログラムとは別に、可視化分野でアメリカに留学していた先輩にも内容の添削をしてもらいました。
内容のブラッシュアップが完了した後は、英文構成サービスを利用し、完成度をあげました。
CV
CVはOverleafで提供されているテンプレートの中から気に入ったものを使用して、作成しました。内容は、研究室探しで見つけた学生や教授のものを参考にして作成しました。
作成後は、英文校正サービスで英語のブラッシュアップを行いました。
費用について
概算ではありますが、以下の通りです。
2022から2023年頃なので、1ドル135円で計算すると、トータルで75万ほどになりますね。円安の影響と2年受けたことで、結構かかっています。
最近では、TOEFLより安価で受験できて、スコア送付も無料のDuolingo English Test (DET)を受け入れる大学が増えてきているので、工夫するとかなり安くできると思います。
結果
Fall 2023
CSのMSとPh.D.プログラムの計11プログラム出願しました。ほとんどMSに出願しましたが、唯一、締切が遅く、興味のある研究のあったThe University of North Carolina at Chapel Hill (UNC)のみ、Ph.D.プログラムで出願しました。
結果は以下の通りです。
結果としては、全落ちでした。University of Illinois Urbana-Champaignのみ、面接の連絡があり、SoPに記述していた研究室の教授との面接を行いました。MSプログラムでは、面接はほとんどないと聞いていたので、面接の連絡がきたときは、驚きました。また、UNCは出願後に、教授から今年は学生を受け入れていないという旨の連絡をいただき、そもそも入れないということが出願後にわかりました。
Fall 2024
昨年の反省を活かし、Ph.D.プログラムに関しては、学生を募集しているかを確認してから出願しました。
結果は以下の通りです。
結果として、Ph.D. プログラム 3校、MSプログラム 1校に合格しました。
Ph.D.プログラムの方は、研究を一緒にしたい教授にメールで出願前もしくは、出願後にコンタクトをとり、面接まで行き着いたところは全て合格しました。面接は教授と自分の研究興味のマッチングを図る目的が大きいと思うので、そこをアピールできたのが良かったのだと思います。
逆に、教授からのメールの返信がなく、面接を行わなかった学校は不合格でした。
MSプログラムはFall 2023同様に難しかったです。MSプログラムは、基本面接などないため、研究実績より、数値的な良し悪し(GPAとかTOEFLとか)で評価されているのではないかと思っています。
英文校正サービス
SoP, CV, 推薦状などの出願書類を作成する際に使用していました。いくつかのサービスがありますが、値段やサービスの質を考えて適切な物を選ぶとよいです。
英文の構成はしてくれますが、内容はあまり見てくれない印象です。ただ、他のサービスと比べると安かったので、CVなど、内容に自信のあったものはWORDVICEで依頼しました。
ホームページ右上のタブから、言語を変更すると、なぜか単価も変わるので、EnglishやTurkish版のサイトから依頼していました。言語を変えて、単価が一番安いもので依頼するといいと思います。
SoPの添削に利用しました。値段が高い割に、内容についてのフィードバックがあまりもらえなかったので、1回きりの利用でした。
値段が良心的で、内容までチェックしてくれるので、最後の方はほとんどこちらのサービスを利用していました。パーソナルエッセイ以外にも推薦状も見てもらいました。
日本人の方が内容のチェック、ネイティブの方が英文校正をしてくれます。値段もそこそこしますが(最近値上がりした)、ネイティブチェックが必要な方は検討してもいいと思います。
入学時期の変更
元々はFall 2024で合格したので、2024年9月入学だったのですが、家庭の事情で、Spring 2025からの入学に変更しました。手続き自体は、学校のマイページから申請するだけだったので、簡単に変更できました。
ASUでは、授業の開始時点で英語のスコアが有効である必要があります。出願時に出していたTOEFLの有効期限が2024年10月だったので、再度、英語の試験を受ける必要がありました。TOEFLは受験料が高いので、Duolingo English Test(DET)を受けてみました。1ヶ月ほど対策したところ、無事要件をクリアすることができました。
ほとんどの学生が秋入学で、春入学はレアだと思うので、家探しや友達作りに支障が出ないか心配です。。
謝辞
まずはじめに、一緒に受験の戦略を考えてくれたり、推薦状を書いてくださった元指導教官、元上司の励ましなしに合格は達成できませんでした。ありがとうございました。
そして、SoPの添削や留学における様々な相談に乗っていただいた@TakanoriFWさん、本当にありがとうございました。
また、米国大学院へ出願する中で、@tkm2261さんのこの記事、@ochugnさんのこの記事、@katryoさんのこの記事、@noralifeさんのこの記事、@YorkNishimura1さんのこの記事を読んで、受験の戦略を立てることができました。また、2年半という長い挑戦の中で、モチベーションが下がったときに読ませていただき、自分を奮い立たせることができました。ありがとうございました。