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おかしな出来事

今朝は久しぶりに走りに出かけたのだが、そこでおかしな出来事にあった。

ここ3~4年、何かしらの方法で毎日しっかり汗を掻いていたのに、この1か月程はついつい面倒になってしまって、週1でロードバイクに乗るくらいだった。
PCの画面を見つめながら同じ姿勢で長い時間座っている日が続くと、やはりあちらこちらが痛くなってくる。なんとなく肋骨のあたりや、胃や腸もおかしいように感じる。
段々と、動かないことから来る体への負担の大きさが心配になってきて、今日になって、「毎日、せめて10分でも走ろう」と思い立った。
お約束で湧き出す「明日からやろう…」という心の声は無視して、「5分でも10分でもいいから」と着替えもせずに表に出て走り出した。

我が家は、ブリスベン郊外でよく見かける小高い丘を覆うように広がる住宅地の中にあり、丘の中腹に立つ。この丘の上り下りを利用すれば、短時間で効率よく体が動かせる。
標高が上がるにつれて広くなる敷地や豪華になる家々の作りを観察するのも楽しいし、何よりも、庭や路上の植物、時に咲き乱れる花々、囀り合う大小の鳥たち、たまに顔を見せる野生動物たちに囲まれている悦びを感じながら走るのがいい。

いつものコースは、まず平坦なところを少し走ってから坂を下りる。下りきったところに踏切があり、その手前で回れ右して今下りてきた坂を上がっていく。最初の頂上で右に曲がり、車の往来の少ない緑多い公園と住宅のエリアを走り出す。
家々の前を走っていると正面から銀色の車がやってきて、わたしの目の前でゆっくりとUターンをして走り去った。カラスに襲われているところを助けたポッサムが何を思ったか、わたしの左脚に登ってきた場所だった。
そこから100mも走らないうちに今度は黒い車が走ってきた。その車も目の前までやってきてUターンをして去っていった。ガレージ一杯にトレーニング機器を並べている家の前だった。
「今日は何なんだろう」不思議に感じながら走っていると、またもや100mも走らないうちに白い車が目の前でUターンをして去っていった。
続けざまに目の前でのUターンが3つ。見える範囲にその理由は見つけられなかった。

特に意味はないのだろうとそのまま走り続けて、3つ4つ起伏をさらに楽しんでから最後の頂上に辿り着いた。そこから一気に坂を下る。下りきった正面には、さっきの踏切から続いている線路が見える。この組み立てなら2kmちょっと。ゆっくり走っても12分~13分。
今日は初日にしてはそれ程苦しくないので、もう少し走ることにした。往復で10kmのコースとして使っていたこともある遊歩道へと向かう。そこは、幾つかの公園が緑地帯を介して5km以上も連なる長い小道だ。

遊歩道は、はっきりとした改札口もないような小さい駅の入り口を通り過ぎた場所から始まる。駅を目指して走っていると、ヒッピー風の黄色いビーニーを被った背の高い男が道を横切り歩いているのが見えた。彼は、その前方を線路の方へと向かう2歳くらいの大きさの子供の後を追っていた。子供は白くて柔らかそうなベビー服を着ており、不器用そうに小走りしていた。

彼らの近くまで来たときに、いつもの朝の気軽さで「モーニン!」と男に声をかけた。こちらを見た男の顔は黒く泥が塗られたように汚れており、予想外に年老いていた。こちらが軽く手を挙げると、不審そうな顔に笑顔がほんの少し浮かんだように見えた。
子供の方に視線を移すと、白い服のお尻が、おむつがしてあるのだろう、ぷっくりと膨れていて、それがぴょっこんぴょっこんという足の動きに合わせて動いていた。走り過ぎるときにちらりと見えた横顔には朝日が当たっていて、汚れた男の顔とは対照的に白く輝いていた。若さというものは、汚れや貧困を弾き飛ばして美しく輝くものなのだ。そんなことを考えながら、駅の入り口を過ぎて遊歩道へと入って行った。

本日のゴールは、遊歩道に入ってから2,3分のところにあるベンチだった。辿り着くと、大きく息を吐いた。初日は身体の痛みがないので比較的楽なのだ。明日からは痛みが出て来るだろうし、今日の分の疲れもある。三日坊主でも繰り返せれば、それでも「よし」としよう。そんなことを考えながら柔軟運動で体をほぐした。そして、それ程の時間をおかずにクールダウンのために早足で家に向かって歩き出した。

遊歩道の入り口を出て、駅の前まで来ると先程の2人が見えた。
彼らは、線路脇の金網に取り付けられた扉をゆらゆらさせて遊んでいるようだった。わたしが直ぐ横を通り過ぎようとした頃には、彼らもこちらに向かって歩いて来ていた。
先頭の白い服の方に、わたしは「モーニン!」と軽く手を挙げた。正面を向いてこちらに近づいてくる子供の顔を見ると、そこにあったのは、男と同じように汚れ、眉間に皺を寄せた疲れきった老婆の顔だった。
その顔はにこりともしなかった。

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