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空白を満たしなさい-俺は、お前の父親だ-

こんにちは!イチニシチです。
さて、インターンで得たノウハウを掲載していく本ノートですが、
いきなり番外編です!(イチニシチ投稿は番外編多めです笑)

今回は本の話です。先日、仲間内でやっていた読書会で
平野啓一郎さんの「空白を満たしなさい」を扱いました。

そこで出た本作品の解釈に関して備忘録的に書き留めておこうと思います。

ネタバレを含む、すでに読んでる方向けの記事なので
そこはご容赦ください。

目次
・「俺は、お前の父親だ」
・徹生にとっての「父」
・理想と現実
・徹生にとっての佐伯
・影響者としての父と佐伯
・追記〜舞台装置としての佐伯〜
・余談その1〜A'は佐伯の分人ではない〜
・余談その2〜メーデーメーデー〜
・余談その3〜書いてみたいこと〜



「俺は、お前の父親だ」

佐伯の顔は優しく歪んだ。
「わからないのか?俺は、お前の父親だ、徹生。」
「何、言ってるんだよ、お前……」

徹生も直後に言っていますが
このシーンで「こいつ何言ってんの…?」となった人は多いと思います。

そもそも佐伯の発言は非常に過激かつ哲学性に富んだものが多く
普通の会話も切り取ってみたら
「こいつ何言ってんの…?」となると思います。

ジョニィもこの表情。(ジョジョは7部が一番好きです)

しかし、数ある佐伯の発言の中でも
この発言の真意がわからなかった人は多いのではないでしょうか?
これに関して解釈をしていきたいと思います。

この言葉の解釈で一番参考になるのは、本編終盤の以下のシーン

徹生は、佐伯が最後に口にした「俺は、おまえの父親だ。」
という一言を思い出した。
父の早世を気にしつつ、精一杯生きようとしていた自分。
家族に対して、父親らしくありたいと願っていた自分。
そういう自分のどこかに無理があって、
佐伯みたいな人間の存在に過敏に反応したのか?
あの男は、それを言おうとしていたのだろうか?…

ここを読んで意味がわかった!という方は多いと思いますが
詳らかに言葉にして整理してみたいと思います。

徹生にとっての「父」

この発言をより正確に捉えるには
徹生にとって「父」がどのようなものかを理解する必要があります。

僕にとっての父は、いくつかのエピソードと写真だけで出来てるんです。
…それが僕の思い描いている父らしさです。
でも、(母から)他の思い出を聞かされていたら、
父らしさはもっと違ったものだったでしょう。
もし母が嘘吐きなら、僕は実際の父とは懸け離れた
父の像を抱いていることになります。
嘘は吐かなくても、大分、美化はされてるんでしょう。

徹生の父は、徹生が一歳半の時に急逝しています。
それゆえに徹生が自分の父に対して抱いているイメージは
母の話から構成されている、美化された、
「子ども想いのいい父親」となっています。

僕は、一歳半の時に心臓発作で父を亡くしています。
だから父親として、自分の家族を幸せにすることは夢でした!

さらに、徹生は自身が幼い時に父を亡くしたことから
「生きて」子どもを幸せにする父が理想的である、と思っています。

以上をまとめると、徹生にとっての「父」とは
「生きて子どもを幸せにする、子ども想いの良い存在」となっていて
徹生の「理想」と言って良い存在でした。

理想と現実

徹生にとっての「父」とは「理想」と言って良いことがわかりました。
しかし、徹生にとっての現実はどういうものだったでしょうか?

普通に結婚して、家を買って、子供を育てるってだけで、
何でこんなに苦しまなきゃならないんだろうって、
生きてる時代を恨んだりもしました。
子供の頃から、自分が死んだ父親くらいの年齢になった時には、
どんな人間になってるんだろうって、色々と思い描いてきましたけど、
……なんか、大分違うなって、……

徹生は、結婚して家族ができるといったような、
目に見える幸せは確かに掴んだかもしれませんが、
このように「理想」とは大分違っていると感じるようになります。

僕を殺したのは、息子のために生きたいと、心から願っている僕でした。
その僕は、生きることの意味を否定する僕を、
消してしまおうとしていたんです。

そして、「父」=「理想」を大事にする徹生の分人が、
生きることの意味を否定する徹生の分人を消してしまおうとします。

つまり、徹生にとっての「父」=「理想」とは
息子のために生きたいと心から願っている徹生の分人(下図A)に作用して
徹生の、生きることの意味を否定する分人(下図B)
=現実を生きることを葛藤する分人を
消してしまおうとする存在となります。

徹生にとっての佐伯

さて、徹生にとっての佐伯とはどのような存在だったのでしょうか?

私だって実際に、生きてみましたよ。ーで、これの何が面白いんですか?
私には結局、さっぱりわかりませんでした。(佐伯の発言)

このように、佐伯は生きる意味を否定する存在です。

でも僕は、個人は分けられない一人の人間だなんて、
理不尽な考えを信じさせられていました。誰がそんなことを!
だとしたら、佐伯の存在の影響は、僕全体の問題になってしまう。
そういう自分を否定しようとしたら、
丸ごと全部、僕を否定しなきゃいけない!(徹生の発言)
徹生君は、佐伯に殺されたわけでもないし、
佐伯との分人に殺されたわけでもない。
それに消えて欲しかった、
他のまっとうな分人に殺されたってことなんだろ?
(徹生に対する秋吉の発言)
でもな、佐伯みたいな人間に反発しつつ、
どっかで共感する自分になってしまったっていうのも、
それはそれで、徹生くんの中にある何かのせいだよ
(徹生に対する秋吉の発言)

生きる意味を否定する佐伯に対して徹生は反発と共感の二つを覚えます。
そして、その共感している部分の自分=分人(下図A')を
反発している部分の自分=分人(下図B')は否定しようとします。

つまり、佐伯の作用によって、
生きる意味を否定する分人を
徹生のまっとうな分人
=生きる意味を否定することに対して反発を覚える分人が
否定するようになっているのです。

影響者としての父と佐伯

ここまでの議論で、

徹生にとって父とは、
理想であり、
息子のために生きたいと心から願っている徹生の分人に影響して
徹生の、生きることの意味を否定する分人
=現実を生きることを葛藤する分人を
消してしまおうとするような存在であるとわかり、

徹生にとって佐伯とは
生きる意味を否定する分人と
徹生のまっとうな分人
=生きる意味を否定することに対して反発を覚える分人に影響して、
後者が前者を否定するようにするような存在であるとわかりました。

つまり、父も佐伯も
徹生の、まっとうな分人=息子のために行きたいと心から願っている分人
に影響して
生きることを否定する分人を
消し去ろうとする作用を生み出しているということが言えます。

この共通点において、
佐伯は、徹生の父親と同じ影響を及ぼしている、
したがって、佐伯は徹生の父親だ、
と言うことができたのだと思います。

追記〜舞台装置としての佐伯〜

ここまでが本記事の結論までの流れですが、
一つ気がかりなことを言えば、
佐伯に「俺はお前の父親だ」と言うだけの必然性はあったのか、ということです。

確かに上記の流れに沿えば「父」と佐伯が同じ役割を果たしましたが、
あくまでそれは徹生の分人に「父」が及ぼしていた影響力の強さを強調する役割であり、
佐伯にそれを言うだけの動機は本当にあったのか、
というのは疑問が残ります。

佐伯が徹生に粘着していたのは確かで、
それは生きる意味を否定する佐伯にとって、
幸福のテンプレの概念に囚われ、その通りに生きている徹生は
関心を引く存在だったのかもしれませんが、
わざわざ「お前の父親だ」などと言うだけの動機は、
考えてもあまりわかりませんでした。

明らかに分人主義を解説するために登場した池端など
この作品自体、明確な役割を果たすために登場している人物もいると思われるため、
あくまで主人公の徹生に対して問いを投げかけるための舞台装置として
佐伯の言動を理解するというのも一つの理解の方法だと思います。

余談その1〜A'は佐伯の分人ではない〜

佐伯から分人A'が影響を受けたのではなくて、
佐伯に対しての徹生の分人そのもののが直接、
生きることの意味を否定する分人B'を攻撃したんじゃないの?
と思いがちですが(A'=佐伯の分人説)

佐伯に殺されたわけでもないし、
佐伯との分人に殺されたわけでもない

と何回か明言されているため
あくまで佐伯の分人が直接影響力を持って
B'を消しにかかった、とはならなさそうです。

余談その2〜メーデーメーデー〜

徹生の自殺に至る過程が
amazarashiのメーデーメーデーの2番の歌詞の男に似てるなと思いました笑

息子娘一人ずつ四人家族の幸福
激務だが平均年収超えて撫で下ろした胸
自分諭す、無になれ
同調圧力ヒエラルキーの下で
住宅費 頭金 積み立て
鎖に繋がれた飼い犬だと気付いた
喜んでくれた妻の笑顔を裏切れなかった
ーこれは全部想像だ 今日、電車に飛び込んだ男についての
amazarashi「メーデーメーデー」

とても好きな曲で、自分のiPodの曲の再生回数トップ20に入ってました笑

余談その3〜書いてみたいこと〜

今回は「空白を満たしなさい」のなかの
「俺はお前の父親だ」のセリフに注目しました。

他にも、本作で何回か登場した「桃の絵」に関しての解釈も
またどこかで書いていきたいなと思ってますので、
番外編を書くことがあればまた書いていきたいなと思っています。


それではここまで読んでいただいてありがとうございました!
イチニシチでした。またお会いしましょう。

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