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深く潜ること、獲物を引きあげること

「好きな食べ物は桃です。あと動物だとサメが好きです。」
彼女はそう語る。弊社、劇団檸檬スパイの劇団員、鈴木詩乃だ。
 劇団内での役職はGMだ。「GMって何?」って先日訊いたら「グレートマウンテン」と言っていた。偉大だ。

 仙台の真田鰯です。劇団員3人目、鈴木詩乃の紹介です。
「次noteに書くの、詩乃ちゃんなんだよね、インタビューさせて」
とお願いしたら、訊いてもいないけど上記の回答が来た。いや、いきなりそれってことなくない?とも思ったがそのまま書いてみた。なんか現代的だ。とらえきれない。そもそも一人の人間をとらえきることなんてできない、どこまで行っても一人の人間の核心になんてたどり着けない、ってことを念頭に置きながら積み重ねてみて、見えてくるものを見たいと思う。

彼女のサメグッズのコレクションはすごい。

 劇団に入ったのは、『キぐるみの富子さん』の稽古中だった。
詩乃「劇団檸檬スパイって、私も入っていいんですか?」
鰯「え?ああ、いいよ。いらっしゃいませ」
 こんなかんじである。大切な決断は、いつも適当だ。
 そもそも、今回の『キぐるみの富子さん』の主役に抜擢された経緯を話すと、2021年12月に共演したことから始まる。とても配慮ができて、思いやりがあって、まじめで、音感とリズム感がある。まじめで一生懸命で礼儀正しいのに、なぜか報われない感じは、役のイメージにぴったりだった。とてつもない努力家で、何事も熱心に取り組む。ここまで熱心に作品に取り組んでくれると、演出としては正直涙がでてくる。が、何事も器用にこなせる要領の良さがあるわけではない。
 マラソンをやっていて、42.195㎞を走ることができるが、自転車に乗ることはできない。なんだそれ。
 不器用な側面だけを見て、他人から不必要に軽んじられることはある。ただ、傍から見ていて驚くくらいにはタフである。傷つかない、あるいは傷ついているのを他人に気取られない程度にはタフである。
 主役なうえに全シーンに登場しているので、どのシーンを稽古していても必ず出番になる。
 その状態で1日6時間とかある長時間の稽古でも、疲れをみせない。安定していてブレない。グレートマウンテンはタフである。
 褒めたたえすぎだろうか。まだまだ褒めよう。
 やってみないとわからないことでも、ひとまず飛び込んで直感的にやってみて、そこから結果を引きあげてくることができる。ちょっと天才肌だと思う。常に謙虚で、勇気が足らないということは無い。常に勇敢に試せるのは、努力して結果を引き寄せることができることを体験として知っているからだと思う。いつも「わからない。できない。」から入ってしまう人は、成功体験が足りていないのだと思う。彼女は自分のことを不器用で何もできないと思っているが、同時に、努力さえすればいつかはなんでもできることも知っている。
 彼女がチームにいることで「自分もがんばろう」という空気を、みんなが稽古場に持ち込んでくれる。これはプライスレスすぎる。しかも謙虚で、他人から見えないところで努力するので、いやらしさがない。作った小道具をいちいち見せびらかして「かわいいでしょこれ、ねえ、かわいいでしょ」って執拗に問い詰める私とは違う。

私がつくった小道具「きりんさんびーる」。かわいいでしょ。

 彼女の特殊能力を紹介しよう。
 彼女は、眠っている間にみた夢を覚えている。かなり詳細に覚えていることができるようだ。毎晩無意識の海に潜り、毎晩獲物を引きあげてくる。さながら熟練の海女だ。
 これまで会った人で、同じ能力をもった人を見たことがないので、まあまあ特殊能力なのではないかと思う。
 村上春樹さんが、「地下二階で書く」と言っていた。地下一階が個人の無意識の領域だとすると、地下二階は集合的無意識の領域である。彼の作品はいつも、同時代の集合的無意識と共鳴している感じがする。演劇は、100年後に生きる観客を射程に入れる必要がないと思っているので、同時代を生きる観客たちの集合的無意識に働きかけることのできる物語で良いと思っている。
 深く潜り、引きあげてくること。
 たまに、夢の中に書きかけの台本の登場人物がでてきて、何かをしゃべっていて(あるいは何かをやっていて)泣きながら目を覚ましたりする。そんなときは、割とそのまま台詞として採用したりしてしまう。そのシーンが作品の中で良い効果を出しているのかどうかわからないが、そのように作られるべきだと思っている節はある。だから夢を覚えていられるという能力は、とても羨ましい。
 夢は、昼間、現実の世界で起こったことを、かみ砕いて、飲み込むことのできるようにする機能がある。受け入れきれないことも、処理しきれないことも、眠って夢をみることで飲み込めるように脳が処理をする。
 そしてこの機能の部分、受け入れきれない現実を受け入れることのできる夢物語に加工する人間の生命力が、好きだ。生きることを選択するために進化の過程で獲得した形質ともいえるだろう。とても感動的だ。

 鈴木詩乃の話に戻そう。彼女は表情を殺して演技ができる。
 顔の表情は日常生活でも、記号として流通しすぎているため、表情の演技は「説明じみる」傾向がある。説明じみた演技をみた観客は「説明を理解する」文脈で演技をみることになる。これは非常に危険である。観客の内側で何も起こらなくなる。観客の内側でドラマを起こすには「説明を止める」必要がある。稽古場では「足の裏で演技をしましょう」という。足の運びと重心の置き方で人物の心情は概ね分かる。でもさすがに縛りがきついので「足の裏と下半身と内臓の動きで演技しましょう」と言うようにしている。使ってもいい部分がだいぶ増えたぜ!
 現実的に「顔の表情と手の動き」で演技しようとするのを止めるだけでも、説明っぽさはだいぶ減る。説明を止めることで「(理屈としては)解からないけど、(予感としては)分かる」というような状態になる。
 舞台上の彼女の顔は、何も説明しなくても、とても予感に満ちていた。

 努力家で天才肌なので、これからどこまで行くのか楽しみだ。
 夢のような予感に満ちた文体で演技をして、観客の無意識の海の底から、得体のしれない深海魚みたいな感情を引きあげてくるような俳優になったらすごいと思う。
 努力家なので、いずれなんでもできそうな気がする。

 あと、今回の公演中に彼女は自転車に乗れるようになったらしい。個人的に一番嬉しい出来事だった。
 「入団前は自転車にも乗れなかった鈴木詩乃が、いまでは〇〇も乗りこなします」っていうシリーズもやりたい。5年後にはセスナとか運転しててほしい。10年後はサメに乗っているのも良い。
 努力家なので、いずれなんでもできそうな気がする。

 そんな彼女が主役を演じる『キぐるみの富子さん』は、観劇三昧で2023/1/5(木)~配信開始です。
 ワンコイン500円で購入できますので、ぜひご覧ください。(観劇三昧スタンダード会員の方は、サブスク配信でもご覧いただけます。)
演劇動画配信サービス「観劇三昧」: 劇団檸檬スパイ / キぐるみの富子さん (kan-geki.com)



真田鰯の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/me0d65267d180


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