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10年後のわたしへ

長野県松本市で活動している俳優・下地尚子です。
いよいよ年度末。このエッセイ『しもじとアルプと松本と』も連載最終回です。

変化せざるを得ない街

このひと月ほど。松本市やその周辺に住む人たちは、時代の転換期を感じざるを得なかったのではないでしょうか。

「松本はPARCOがあるから都会!」と多くの人が誇っていた街のシンボル「松本PARCO」が2年後に閉館決定。その日のうちに速報が流れ、翌朝の地方紙の一面を独占。最近は老舗の人気飲食店が突然の閉店を迎えました。また、これは随分前から決まっていたことではありますが、まつもと市民芸術館の総監督も20年の任期を終え今月末で退任。

当たり前にあった景色や環境が変わる、という現実をまざまざと突きつけられている感じ。これから松本はどうなっていくのだろう? ということを、この街に住む人は一度は考えたのではないかと思います。

この記事が公開される頃には、政府に「マスクは個人判断で外していいよ!」と言われて全国的にも変化を余儀なくされている。
善かれ悪しかれ、変化を否応なく求められている時期なのかもしれない。
変化は世の常とはいえ、こう一気に変化を求められると、戸惑ってしまうような、妙に焦ってしまうような……。
そんな落ち着かない気分を、街の人々になんとなく感じるような気がします。

閉館のニュースが流れた夜、通りすがりに思わず写真を撮った。

わたしなりのエッセイのテーマ

昨年4月にこの連載を始める際、テーマに設定したのは「移住して10年の節目の記録」でした。
10年間のすべてを振り返ることはできないけど、節目の今年1年をどんな心持ちで過ごしたかはきっと書ける。それならひと月ごとに遡れる記録になればいいな、と思って書いてきました。

書き始めた当初から、所属する劇団TCアルプの主宰・串田和美さんの総監督(前・芸術監督)退任は決まっていた。2023年4月からは当然劇団や個人の活動が変わっていく前提で書き始めたわけですから、年度末に至るまでにどういう軌跡を辿ったかを書き記すだけでも、自然と意味が備わってくるのではないか。そんな風に考えていました。

テーマに沿って執筆していくにあたって、大きく2つのことを意識してきました。

一つは、わたしの経験したことをしっかり書き記すこと。
わたし個人の記録に過ぎないけれど、それは松本という「地方」の演劇人の一つの実績であることは間違いないはず。もしこのエッセイが、今後地方で活動したい人や地方に可能性を感じる人の目に止まることがあれば、今年度時点の、ある地域の、ある俳優の一例として捉えていただけたらいいなと考えました。

もう一つは個人的なこと。
10年先にわたしがどんな状況に立たされていたとしても、ここに記した記録を読んで振り返った時に「これだけのことやってきたから大丈夫」というお守りのようなものを作りたかったのだと思います。

1年間ちゃんと活動できていることが大前提ですし、状況によっては途中で頓挫する可能性もゼロではない。自分や劇団の立ち位置、地域との関係性など不安定な材料はいっぱいあったかもしれません。博打のような感覚で始まった12ヶ月の連載を、こうして終えられる運びとなっているのは有難いことだなと思います。

とはいえ、どうやら4月に書き始めた頃に想定していた締めくくりにはならなそうなのですが……。

個人的な試みとしては、ある意味達成できているのではないかと思います。

約10年お世話になったバーもこの記事の執筆のタイミングで移転。
内装の解体を手伝いながら、今回の内容について考える時間ができた。

2023年3月現在の心境


で、実際今月は何を感じているか、というと……

書けない。

びっくりするほど書けない。

いろんな意味があるんです。今日(2023年3月17日)の時点では、全然お知らせできることがないんです。
4月時点では「この連載が終わる頃には、新年度からの動きについて所信表明でもしたらいいんじゃない?」なぁんて呑気に考えていたのですが……。

それでも個人的なことなら書けます。

これもまたよく聞かれる「あなたは松本を離れるの?」という質問に対しては「離れませんよ!」ってこと。

松本好きだし。住みやすいし。好きな人もたくさんいるし。

でも、東京に家族がいることを考えたり、もっと仕事の範囲を広げなきゃなとも思うので、4月以降は時間をかけながら活動の仕方を模索していくことになるんじゃないかなぁ。

10年間、松本に住む、この環境を変えない、という選択を取り続けてきた。
しかし、今のわたしは、松本周辺に住んでいる人々の例に漏れず、変化をしなくてはいけない段階にきているのでしょう。
変わらないなんてことがあるはずがないのだ。

「わたし」も「アルプ」も「松本」も、実は今までだって少しずつ変化していたはず。現に今、書き始めた去年とはまるで違う状況のわたしがいる。

今わたしに迫られている「変化」の展開や経緯をちゃんとお伝えするには、もう少し時間が必要です。このエッセイの中でお伝えできないのが残念。

ここまで、当たり障りない感じで書き連ねてしまってすみません。
でも、わたしも、活動を共にしてきた仲間たちも、ちゃんと考えて動こうとしています。今後とも、見守っていただければ幸いです。


根無し草だった

現在のことがはっきり書けないけれど、10年前と今の違いくらいなら書けるかもしれません。

わたしは、東京に限りなく近い神奈川県の県境で生まれ育ちました。
両親は沖縄の生まれで地元の人間ではありません。わたしが子供の頃は、親も努力をしてくれて地域の行事に参加させてくれたとは思いますが、地元ならではの絆というものにあまり恵まれてこなかったような気がします。親戚も近くにいないし、地元の風俗(土地の風習の方です)やコミュニティにも思春期ならではのこじれが原因で馴染めず、なんとなく「ここの人間です」という根拠が確立できなかったように思います。

松本に移住してしばらく経つまでは、わたしは自分のことを「根無し草」だと思っていました。とてもふわふわした、所在のない人間でした。

けれど、松本を拠点にすることを決めて住み続け、やっと自分なりに根を張れる場所が見つかったような気がします。その根拠については、おそらくこれまでの連載を読んでいただいた方が伝わると思うのでここでは書きません。

考えてみれば、居場所を作れたことが、わたしの小さな自信になっています。

自尊心のなかったわたしを認めてくれる人がたくさんいる「ここ」が、今のわたしを作り上げてくれました。わたしのことを知ってくださっている人たちには、どんな印象にせよ認めてくださっているわけですから感謝しかありません。

それでもまだまだです。なにせわたし一人きりでできることは何もありません。それは当たり前のことなのかもしれませんし、一生そうなのかもしれないけれど、それでももうちょっと「わたし」ができることは何かをもっと知りたいな、と考えています。

あまりそういうことについて具体的に考えてきたことがありません。それはきっと劇団に所属して、劇団のために動いてきた(つもりだ)からなのですが、この頃「TCアルプ」や「松本在住」という肩書きを取っ払ったわたしには何ができるんだろうなどと考えるのです。
役者である以上、当然個性を求められてきました。
「わたしとはなんだ」「わたしには何ができるんだ」ということを常々考えてきたのだから、そういった思考は今になって始まったことじゃありません。

『わたしと演劇とその周辺』に見つけたわたしの場所

そうそう。このエッセイだってわたしにとっては、一つの拠り所だったと思います。1年間のモチベーションというか……。ここにちゃんと何か書けるくらいのことを日々やっていこうぜ、という心算があった。結果として書けるだけのことはそれなりにちゃんと考えたし、向き合ってきたと思う。
当然反応は様々だったけれど、予想外の人から感想を聞いたり、エッセイを通した出会いや交流もありました。

こうやってわたしの言葉を残せる場所を与えてくださった干城さん(締め切り守れない月が多くてすみませんでした)、納品前の原稿をチェックしてくれた家族や友人のみなさん、画像や資料の提供をお許しいただいたお客様や関係者の方も、本当にありがとうございます。

前回の記事で「話したいこと」について書いたけれど、自分の思いを受け止めてくれる人や場所を、みんなそれぞれ探しているのだと思います。

それが自身の商売や交流関係であれば健全ですが、SNS上での暴走に繋がったり、物議を醸すこともあるでしょう。その一つ一つがどんな形であれ、わたしをわたしたらしめんとする場所を探している行為に過ぎない。
役者にとっては、それが劇場であり、作品であり、演じる役なのでしょう。

わたしの居場所がこれからどんな場所になっていくか。10年後、1年後、もっと言えば明日のこともよくわからないけれど、未来のわたしにとって、今のわたしがちゃんと居場所を作れたことを思い出せたら良いと思う。

少なくとも、演劇を仕事にし、移住してからの10年は自分なりには頑張ってこれた。もう10年先のわたしがこのエッセイの原稿を読み返した時に「思ったよりも遠い場所に来れたな」と思えるように生きたいなと思う。

もしわたしの今後のことが気になる方がいらっしゃったら、SNSでのお知らせを待っていただければ幸いです。そして、わたしがまた言葉を発信できる場所ができたときに、これまで発してきた表現や言葉の意味合いを、改めて想像していただけたら嬉しいなと思います。

またお目にかかれますように。


2023年3月17日 下地尚子



下地尚子の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/m1cb913220d43


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