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儚い優しい時間

 仙台の真田鰯です。
 私が演劇をやっている動機となった人との出会いについて毎回書き綴っていますが、今回も劇団員のご紹介です。劇団檸檬スパイ「官房長官」の肩書をもつ、佐々木啓彰についてのお話です。


 彼と初めて出会ったのは、2020年秋に『大きな栗の木の下で私たちは黙る』という作品を上演したときだった。共演していた菊池佳南さんの知人だということで、佳南さんから紹介された。
 とても熱量があった。
「すっごい感動しました!心が震えました!Twitterフォローしていいですか!?Facebook友だち申請していいですか!?」
 ポジティブで率直な感じがした。良い人そうに見えた。良い人すぎて「本当だろうか?」と疑ってしまうくらいには良い人そうに見えた。
 世の中には、他人を褒めるのが上手な人はいるし、ポジティブなことだけを口にして相手に気持ち良くなってもらうことに長けた人を見かけることはある。私のような不良サラリーマンですら、その辺は日々研鑽を積んでいる。しかしながら彼から受けた印象は、とても洗練されているものだった。
 対人関係スキルが高い社会人をみると「この人は本当に大変な仕事をしているのだな」と感じる。そのスキルを持ち合わせていないと対応できないような立ち位置で、逆風やら荒波やらを颯爽と乗りこなしながら働くというのは簡単なことではない。洗練されるには、洗練されるだけの厳しい環境があったのだろうと思う。
 彼の第一印象は「良い人すぎて、本当かどうか不安になる」だった。

 そんな中、出会ってから約1年後、ツイッターで彼を見かける。

 あらためて見返してみても、本当かどうか不安になる。
 いちおう弁明しておくと、コメントをするまでに6時間くらいは悩んでいる。それまでしゃべったのって、1年前の5分とか10分とかの話だし、そもそも演技しているところを見たことがない。それで「うちにおいでよ」とか言っちゃうのは、我ながらマジで勇者である。そのとき出した結論は「彼と一緒にいるべきだろうな」ということだった。ポジティブなエネルギーに満ちた人と、一緒にいるべきだろうと思った。

 そして私の判断は正しかった。

 彼と話していて感じるのは「どのように感じ、どのように受け止めるべきか」という考え方の癖を、意志力でコントロールして「ポジティブに生きよう」と努力していることである。「成長型マインドセット」と呼ばれるものを実装している。大事なことだ。 

 彼の肩書には「教師と役者の二刀流」と書いてあった。
 普段は私立の通信制の高校で教師をやっていた。その前には、全日制の高校で教師をしていてメンタル的に追い込まれたこともあるらしい。追い込まれた経験のあるものが「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」と、生き方を、生き延びる方法を求める。
 自分の生死を賭けて選んだ「生き方」は、強度がちがう。
 通信制の高校で、教師として、ひとりひとりと向き合って支援し、成長する姿をみるのはとても勇気づけられると言っていた。
 同調しやすい性格なのだ。手をさしのべずには、いられない。

 疑問に思っていたことがる。
 どうしてドロップアウトした人間が、這いあがって世の中に敷かれたレールに戻る努力をしなければいけないのか、ということだ。
 どうして世の中の側が、歩み寄って、一緒に生きられる場所をつくる努力をしないのか。
 私は、今の職場に入る前まで、精神科のデイケアでワークショップを行っていた。鬱とか知的障がいとか様々な事情を抱えた人たちがいた。演劇の手法を用いた、「コミュニケーションワークショップ」という名目だった。私たちはそこで「となりにだれか人がいて、やりとりするのって楽しいよね」ということを確認した。
 平和な世界だった。
 社会に復帰するための訓練場などではなかった。
 「となりに自分とは違うだれかがいるのって、わるくない」ってことを感じられればそれでよかった。
 月に一度、1時間というわずかな時間ではあったが、その時間は私を癒した。
 私たちはそこで、生産性のあることはなにもしなかった。
 それでもわずかなお金がもらえた。
 「生産性ばかりを求め、生産しないものをつまはじきにする社会」に復帰するための活動はしなかった。
 ただただ笑いながら時間を過ごした。
 幸せだった。
 どうして世の中の側が、こちらに歩み寄ってこないのか。

 彼は最近、教師を辞めた。私立の学校なので、学校側の都合で福岡に転勤になり、部署も門外漢の専門学校への転属となったことがきっかけだった。
 役者一本で食べていくのだそうだ。
 稽古中、ふと訊いてみた。
私「ねえ、俳優をやってる理由って自分の生徒たちと関係ある?」
佐々木「ありますね」
私「だよね。なんかさあ、ここの台詞で怒ってあげて欲しくて。生きてるだけでいいじゃねえかバカヤローって。つべこべ言うな、とにかく生きろ、俺はお前たちが好きだ、って伝えて欲しくて」
佐々木「わかりました」

 生産性がなにもなくても、生きていて笑っていて幸せだって時間を表現したいと思う。
 厳しい社会の隙間に、フィクションの中でしか実現できないような儚い優しい時間を現出させたいと思う。
 「ちょっと本当なのかどうか疑ってしまうような優しい良い人」佐々木啓彰は、ざらっとした灰色の現実に風穴をあけ、花の香をのせた春の風のような優しい時間を運んできてくれることと思う。

 そんな佐々木啓彰の初舞台は2022年12月6日、7日です。



真田鰯の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/me0d65267d180


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