見出し画像

はしご酒、はしご稽古、はしご観劇

TCアルプの下地です。芸術の秋。城下町で観光地であり、お祭り好きのここ松本市では、イベントが目白押しだ。
演劇も例外ではない。今わたしは、10月1日〜10日、前夜祭やプレビュー公演を含めると12日間行われる『FESTA松本2022』の準備のため、わったわったしている。

正直、何から書けばいいかわからないくらいてんやわんやしている。
立ち上げ初年の去年は、終盤、毎日鼻血が出そうな感覚になっていたっけ。

毎日、朝起きて、稽古着に着替えて家を出発し、朝10時に始まる1つ目の稽古場に行き、午後に若干の休憩(と言いながらしばしば打ち合わせ)を挟み、2つ目の稽古場に移動し、20時ごろに終わりなんだかんだあった後に帰宅しそのままベッドで気絶。翌朝ハッと目覚めてシャワー浴びて稽古着に着替え……という状況だった。なんなら4つほど演目を抱えていたので、毎日違う演目の稽古場をあちこち行き来していた。
それに比べりゃ、今年は私服に着替えられてるだけまだマシだと思っている。

フェスティバルの醍醐味は、数多くある演目をお客様にどうはしごして楽しんでもらえるかってところもあるので、その材料を増やせていると思えばやり甲斐がある。後にも先にもこんな経験ができるのはこのイベントに主催の立場で関われているからなので、とことん楽しんでやろうと思っている。

今回、松本に来て10年の蓄積が生きているプロジェクトがある。
松本城まで徒歩5分のところにある縄手通りという商店街で半日行われる『秋の縄手通りカーニバル』と名付けられた野外イベントだ。

FESTA松本の出演者に限らず、いろんなジャンルのアーティストがあちこちで投げ銭でパフォーマンスをする一日。今年はタイムテーブルを公開せず「常に何か事件が起こっている通り!」という印象を持ってもらえるように仕掛けを考えているところだ。

昨年の様子をお客様に写真を撮ってもらっていた。
お店の軒先を使っての、朗読パフォーマンス。

昨年は、このイベントを中心にいろんな業務をめちゃくちゃ頑張ってくれていた若いスタッフさんが街の人を巻き込み企画を進めてくれていたのだが、今年はその子が不在。アルプのメンバーや身近なスタッフさんが街の人と連携を取りながら準備を進めている。企画を進める中で、その子が一人で請け負っていたとんでもない仕事量に関係者全員が感服しているところだ。数人で受け持ってもハードなのに、これを一人でやっていたなんて……。今彼がそばにいたなら、抱きしめて一晩中好きに飲み食いさせているところだ。

女鳥羽川という一級河川に沿うように縄手通り商店街がある。これは、イベントのロケハン中の写真。

そんな頼もしいスタッフが不在な中、今年はイベント事に強い頼もしい地元の面々にご協力いただきながら進行している。

8月某日、街中のとあるゲストハウスの居間を借りて初めてプロジェクトの顔合わせを行なった。集まってくれた顔ぶれを見て驚いた。大半が、わたしが松本に住んで10年の間で出会った街の人たちだった。嬉しかった。
すぐに成果が出ない広報活動や地元民との交流は、もしやプロジェクトのためだったのでは!? と思うほどだった。

縄手通りから近いゲストハウス・東家さんのご協力で実現した地元の人たちとの顔合わせ。

このコラムで、わたしは松本の人たちとの交流を匂わせているつもりだけど、実は移住一年目はほとんど交流がなく、むしろ引きこもりに近い生活をしていた。

2012年、TCアルプのオーディションに合格し4日後に引っ越して来いと言われ、当時先輩方が住んでいた築40年超の木造二階建ての元学生寮の一室に入居し、移住生活を始めた。

知り合いが劇場関係者以外にいない土地で、人見知りのわたしは、劇場と寮を往復するだけの生活を送っていた。

そんな生活を見かねた同居人の音楽家に発破をかけられて、友達を増やさねばと考えあぐねた結果、わたしがとった手段がとにかく飲みに行くことだった。
松本市の中心地に住み、お酒が多少飲める自信があったわたしは、今のご時世だととても許されないが、ちょっと調子が悪かろうが年間360日は飲みに出ていた気がする。24、5歳の頃だ。今となっては無茶をしていたと思う。
その中で、今でもお世話になっているバーのマスターに当時吸っていたタバコを「そんなダサい銘柄を吸うならピースかハイライトにしろ」と言われて、ジャケ買いでピースに変えた。マスターの助言は正しかった。20代前半で一人飲みをしている女がピースを吸っているのは風変わりに見えたらしい。珍しがって声をかけてくれたお客さんに、わたしが移住者で、駆け出しの俳優で、空手の有段者で……など自己紹介をすれば「やっぱり変なやつだ」と覚えてもらえるだけのパンチをもつことができたようだ。
そんなこんなでどうにか知り合いはできたのだが、最初に飲みに行った飲み屋街を間違えた感は否めず、始めは50、60、70代の友達しかできなかった。そこから同年代の友人知人ができるまでは、さらに1年半ほど時間がかかった。

今は当時に比べれば飲みに行く頻度もお店も減ったけど、顔を出せば快く迎えてくれるお店の人たちやお客さんがいる環境はできたような気がする。

松本に友達が出来て、遊んでくれる人たちができてよかったなぁ。

わたしは演劇をやっている友人が、おそらく東京中心で活動している演劇人に比べれば異常に少ないと思う。このツテのなさは果たして大丈夫だろうか……なんて時々不安になる。
でも学生の頃まで住んでいた関東圏での演劇の環境が、演劇関係者や演劇に興味がある人にだけ向けた閉鎖的な印象に見えていて、それとは全く違う松本の演劇文化にシンパシーを感じて移住を即決できた。
勢いであるもののその判断は間違っていなかったと思うし、松本に来ていなければ、わたしは個性のないつまらない人間になっていたと思う。ともすれば、演劇を続けていなかったかもしれない。
移住して一年経ってから会った友人からは「ようやく死んだ魚の目じゃなくなったね」と言われたのも印象深い。

人見知りで引きこもりのわたしをそれなりに人前に立つことができるようにしてくれたのは、もちろん演劇の諸先輩のおかげではあるが、それ以上に客席を見渡した時に顔も名前も知っている街の人たちだ。その人たちが喜んでくれる企画を作れるかどうかが、わたしのやる気の源だ。

なんなら街の人が気持ち的にも経済的にもちょっとでもハッピーになってくれることを願って、わたしはこの仕事をしているのだなあと思っている。

……とかなんとか書いているこの文章も、家に帰ったら気絶する自信しかなく、寂れた飲み屋街の店主のいびきが聞こえるカウンターで一人、酒をガソリンにしながら書いているのであった。


最後に、わたしが『FESTA松本2022』出演する演劇公演だけお知らせして終わります。
※細かいこと含めたらまだある!

他にもたくさん面白い演目があるので、よかったらチェックしてください。

それでは、また来月。

2022年9月17日 下地尚子



下地尚子の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/m1cb913220d43


読んでくださり、ありがとうございます。 このnoteの詳細や書き手の紹介はこちらから。 https://note.com/beyond_it_all/n/n8b56f8f9b69b これからもこのnoteを読みたいなと思ってくださっていたら、ぜひサポートをお願いします。