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Gift再録

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美しき人形師の少女と、人間嫌いのカメラマン。2023年夏 文庫化クラウドファンディング決定
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03.graduation ceremony

03.graduation ceremony

「さち! なにぼーっとしてんのっ」

 休み時間に自分の席に座っていたら、突然声をかけられて肩を震わせた。覗きこんでくる友達に、慌てて言葉を返す。

「え、な、なんでもないよ」
「ふぅん? ね、ね。これよろしくー!」

 そう言われて渡されたのは、可愛くポップな絵柄でうめつくされた、ノートの半分ほどの大きさの紙。
 年が明けて、ひとりの女子が持ってきたことで一気にクラスに流行りだした、それはサイン

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ex.Gold Fish 03

ex.Gold Fish 03

 一病息災とはよく言ったもので、病気のような婚約者である所の七奈美も、月日がたつうちに空気のようになっていくのだから、まったく慣れとは恐ろしい。
 七奈美は気にすれば不愉快だが、気にしなければ、空気のように振る舞うことにたけていた。彼女にとって恋愛とは本当になんなのだろうか。
 恋愛ごっこというにも、あまりにもいびつなこの関係を理解も出来なければ、したいとも思わなかったが、それ以上に俺に眼前の問題

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ex.Gold Fish 02

ex.Gold Fish 02

 父親から話を持ちかけられて数日後、俺の学校は夏休みに入った。もちろん休み中の課題は山のように出されたし、各学年強制的な補習もあるから、休めるという自覚はあまりない。それよりもじきに盆が来れば親族郎党顔を合わせないといけないという憂鬱さが勝っていた。
 日差しが強かった。肩かけにした鞄の紐が食い込んで汗が滲んでいた。太陽光を直視しないように視線を下げて、いつものように校門まで惰性で歩いていたから、

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ex.Gold Fish 01

ex.Gold Fish 01

 どうかしている、と俺は思っている。
 メリークリスマスなんて糞食らえ。クリスマスの夜に俺は正装をして高層ホテルの最上階のレストランで落とした照明とテーブルの上のキャンドルと階下に広がる夜景の光でメシを食っている。一皿一皿もったいぶって出てくる料理の味なんぞわからない。黒いカクテルドレスの女性がホールの真ん中のグランドピアノの椅子に座り、静かにクリスマスソングを弾き始めた。
 俺はさっきから、この

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10.New YEAR

10.New YEAR

「明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
 朝方廊下ですれ違ったのでそんな挨拶をかわした。一応、形式だけ。
 年が明けたからといってなんでもない。お互いテレビも見ないから、昨日が今日になる、それだけの話。

「あ、そうだ開闢」

 けれど呼び止められたので一応は振り返る。

「なんだ」
「お年玉です」

 渡されたのはポチ袋一つ。

「人を舐めてるのか」

 子供扱いも大概にしろと。

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09.virgin snow

09.virgin snow

 白い雪と冷たい空気。
 溶けていく私。

 朝早く、郵便受けを開けて封筒のたぐいを取り出す。新聞はとってはいないから、習慣化された行動ではなく気まぐれだった。
 書類の多くは視線を這わすだけでシュレッダーへとかける。
 生きていくのに必要なものはそう数はない。なくして後悔するものなら、なおさら。
 右から左へ流していたら一通だけ、目にとまった。丸みのない、生真面目な文字。リターンアドレスはない。

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01. BEAUTIFUL SILENCE

01. BEAUTIFUL SILENCE

 昔のことを覚えているかと言われたら、そりゃあ覚えていることもあれば覚えていないこともある。数少ない覚えていることも、何年前かということがあやふやだったりする。現在地からの遠近感。それを測るのは海馬とは別の器官だと思うから、仕方のないことだ。
 どれくらい前のことかはわからないけれど制服を着ていたんだからきっと高校生の頃、クラスメイトの女子が僕にこう言った。
「写真は嫌いだわ」
 どうして、と社交

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