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ばれ☆おど!①



 第一章 孤高のマッドドクター


 第1話 逃亡の果てに

 

 4月20日午前8時30分。バス停からがやがやと、高校生の群れが学校を目指し、彼らの通学路であるポプラ並木を賑わしていた。
 雀ヶ谷南(スズメガヤミナミ)高校の正門前では、時々抜き打ちで〝持ち物検査〟が行われる。どこの高校でも行われている、あの年中行事だ。
 今日はその日であった――。

 一人の男子生徒が正門を通過しようとしている。
 彼はカバンの中身を広げて見せる。
 彼の名は吾川カン太(アガワカンタ)。この南高に通う二年生。十七歳。色白で端正な顔立ちなので、美少年と言えなくもないが、所謂(いわゆる)陰キャである彼がモテた例(ためし)はない。それに、彼にはちょっと変わった趣味がある。

 人付き合いが苦手な彼にとって、引きこもってゲームを楽しむのが、一番楽しく安らぐ時間の一つになっている。
 故に学校が嫌いである。もし好きなヤツ(リア充)がいるなら、そいつは彼の敵ということになる。だが、おそらく相手の方はカン太を、敵とすら認識していないだろう。

 彼が、いまハマっているゲームは流行りのMMORPG。
 彼は敵(仮想)に向かって自慢げにつぶやくことがある。

(フフフ……。お前らは知らないだろうから教えてやる。MMORPGとはな、マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームの略だ。どうだ? お前らは知るまい。日本語に訳すると〝大規模多人数同時参加型オンラインRPG〟だ。これが今の最先端のゲームだ。MMORPGにはな、他のプレイヤーの操作との矛盾を引き起こすのを避けるため、「セーブされたデータ」からやり直すという概念は存在しない。どうだ? そして俺はその世界の覇者なのだ!)

 確かに彼には、ゲーム廃人特有の矜持があり、その腕は一流だ。と言ってもテンプレ通りに、都合よく、ゲームの世界に転移や転生をするという、(彼の脳内での)今の流行りが起こるはずもなかった。

 そんな彼には〝引きこもり(ニート)的な趣味〟とは別に、積極的に外に出歩く必要がある趣味が存在していた。それだけは他人の目に、自分の姿をさらさなければ成り立たない。それはゲームの世界と、ある意味で似ていた。〝現実の自分を忘れて楽しむ〟という一点においてだが。

 カン太は思う。
(ゲッ、持ち物検査かよ! 今日は絶対にないと思っていたのに。ついてない。いや、きっと、大丈夫だ。見つかりっこない)

 彼の額から冷や汗が流れ、頬を伝う。

「よし、いっていいぞ!」

 どうやら、風紀委員の目をごまかせたようだ。カン太はホッとしつつ、カバンの中身を戻すと歩き出した。そして額の汗をぬぐう。

 この風紀委員の名は冷泉玲奈(レイゼイレナ)。同じく南高の二年生。雪のような白い肌と、きちんと切りそろえられた髪が清潔感を感じさせる。
〝鬼の風紀委員〟の異名を持つ、彼女の違反品を見つけ出す能力は〝異常〟と言えるほどだ。その摘発数は創立以来の歴代の記録を、瞬く間に塗り替えてしまった。信じられないことに、押収品の山が〝学校の倉庫のスペースを圧迫する〟という事態になっている。

「ちょっと、まて!」

 安心するのも束の間、ギクリとしてカン太は振り返る。
「な、なんでしょうか……」
「制服の上着、ちょっと脱いでみろ」
 脱ぎ終わると、制服のポケットを調べられた。だがポケットには怪しい物など入っていない。ところが、彼女は見抜いたのだ。彼が何を隠していたのかを。
「男子がそうしてはいけない、というわけではないが、そのYシャツのふくらみはなんだ?」

 非常事態である。 

 だがカン太は諦めず、懸命にごまかそうとする。
「気のせいですよ。最近鍛えていて、胸の筋肉がついてしまったので、そのせいかも?!」
「下手な言い訳は、なしにしようぜ」
 そう言うと彼女はカン太の胸を、わしづかみにした。
「これは筋肉ではない。女性用の下着だな? 認めろ」

 絶対絶命。
 このままでは社会的に抹殺されてしまう。カン太は白状するしかないのか?


 その時だった――。

「……!? ……! って、おい!」

 堂々とライフル銃を担いで登校する、強面(こわもて)の男子生徒が、彼女の前を素通りする。
 彼の名は源二光蔵(ゲンジコウゾウ)という。同じくこの南高の生徒である。三年生。昨日十八歳になったばかりだが、この貫禄はとても高校生のものではない。

「おい! 待て、この……源二っ!! そんなものを持って、ここを通過できるとでも思っているのか?! 待てと言ったら、待て!」

 源二は何食わぬ顔で言う。
「ノーノー、これは私物ではない。部活で使用する備品だ」
「そんなものを使う部活があるなんて聞いてないぞ! ウソを吐くな!」

 すると、彼は猛ダッシュを決めた。
 ――玲奈が後を追う。だが、Bボタンの使用が疑われるほどの逃げ足の速さに、さすがの鬼の風紀委員も追いつくことができない。
 その隙に、カン太は逃亡に成功していた。
 走りながら、どこでブツを隠すのか思案する。が、混乱のあまり思いつかない。とにかく目の届かないところへ逃げ込んでやろうと、闇雲に走る。走る。走る――――。

 カン太が駆け抜けた先にあったのは、とある部室であった。
 ――恐る恐るその扉を開ける。室内はシーンとしいて誰もいないようだ。カン太は用心しながら、例のブツを取り外して、ロッカーらしき金属製の背の高い箱の上にそれを隠した。
 
 その時、背後で物音がしてギョッとする。
 
 振り返ると、着替え中なのだろう。
 そこには下着姿の少女がいた。
 その姿にはっと息を呑む。――彼女の真珠のような白い肌は、まるで透き通っているかのように思えた。印象的な切れ長の目は少し青みがかり、瞳には凛とした冴えがあり、意思の強さを宿している。胸のふくらみは控えめながらも、すらりと伸びた手足と、腰まで届く長い黒髪と相まって、妖精を想わせる美少女だ。
 カン太の目は、その美少女の姿に釘付けになる。目をそらすことなどとてもできない。

「私の着替えがそんなに見たいの?」

 涼やかな瞳で、カン太を流し目で見つめながら、その少女はトゲがあるものの、優しげな口調で問いかけた。
「い、いや、これには深い訳がありまして、すいません。本当にすいません」
 カン太は必死に、何度も頭を下げる。それは、水飲み鳥を連想させるほどに。

 その時だった。急にロッカーの扉が開き、中から何者かが飛び出てきたのだ。

 中から飛び出てきた者は、カン太を見るなり、こう言った。
「おい! ここは部外者立ち入り禁止区域だ。……と言いたいところだが、キミは部外者ではなくなるから、いいだろう。入室を許可しよう」

 よくみると、さっきのライフルのやつだった。
 彼の人生を救った恩人である。
 カン太は思う。
 (はっ? 部外者ではなくなる? って、どういうことなんだ?)

 カン太が、いぶかしげな顔をしていると、
「吾川カン太君。ようこそ! 動物愛護部へ。入部感謝する! コングラチュレーション!!」
「え? 動物愛護部? 確か、そんな部もあったようななかったような。つーか、なんでオレの名前を知っている? えーと……、あと……それと……なぜ入部することになってる?」

 謎だらけのこの事態に、源二は静かに答える。
「ユーの疑問にお答えするが、まずこちらから聞きたいことがある。いいか」
「ああ……」
「社会に奉仕するのは、いいことだ。わかるよな」
「ん?? まあな」
「それなら、ユーが動物愛護活動に貴重な人生の時間を割くことは、非常に有意義な使い方だという事になる」
「ちょっと待てよ。なぜそうなる。なんでオレなんだ?」
「まあ、いい。そのうちわかるだろうからな」
「わかるわけないだろ。入部も断る!」
「それが、ユーには断ることはできないのだ」
 そう言うと、源二はあるものをカン太に見せた。
 そう。あの時の盗撮画像だ――。

「うっ、い、いつの間に、そんなぁ…………」

「ではこれから末永くお願いするよ。ミスター吾川。クックックッ……」
 返す言葉が見当たらないカン太をよそに、源二が動物愛護部の活動内容について、語り始めた。

 ドガ、ドガ、バタン!

 その時、突然部室のドアが、大きな音を立てて開き〝そいつ〟が現れた。

 

 (つづく)


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